届かぬ想い



 「ちょっと、カイトってばちゃんと人の話を聞いてるの!?」
 「き、聞いてるって…」


 サラの気迫に押されているのか、カイトは少し情けない表情でそう答えた。
 そんな表情に少し腹が立ったものの、それがとても愛しく思う。
 サラはカイトの事が好きだ。
 この気持ちに嘘や偽りは無い。
 誰よりもカイトの事を想っているという自信がある。


 (それなのに、カイトったら鈍感なんだから…っ)


 こんなにも想っているというのに、カイトがサラの想いに気がつく様子は全く無い。
 スイヒが言うにはカイトはこういった恋愛面に関してはやたらと鈍いという。
 それにいくらアタックしようとしても、カイトの傍にはいつもスイヒかライカがいる。
 まだスイヒはいいとしても、どうしてライカまで居るのか。
 あまりにもそれが羨ましくて、何度もライカに嫉妬した。
 だからこそ、こうやって二人きりで会話が出来ることが何よりも嬉しい。
 甲板に居るのは普段は船員が数人だけで、他の誰かが来ることは滅多に無い。
 これ程までに良い事があるだろうか、と思ってしまう。


 「ねぇ、カイト。カイトの好みのタイプってどんな人?」
 「な…っ!?」


 みるみる真っ赤になっていくカイトを見て、サラはなんだか得をした気分になった。
 こんな表情をするカイトを今までサラは見た事が無い。


 「突然と何でそんな事を聞くんだよ!?」
 「だってそういうのって気になるじゃない。それで、どうなの?
 私的には、カイトは明るくて元気な子が似合うと思うのよねー」


 自分で思うのもあれだが、サラは自分の事を明るくて元気が良い方だと思っている。
 それと話に聞く限りだとカイトの姉のタツキもそういうタイプらしい。
 姉弟共に大切に思っている仲だ。
 もしかしたらカイトはタツキの様な人がタイプなのかもしれない。


 「お、俺は…」
 「ああ、やはり此処に居たんですね」


 この声に、サラは聞き覚えがあった。
 長年聞きなれてきたこの声であり、振り向かなくたって、誰だか分かる。


 「ガウェイン!! 何をしに来たのよ!?」
 「そんなに怒らないで下さいよ、姫。私はただカイトくんを捜しに来ただけなんですから」
 「…俺を?」


 まさか、と思ってガウェインの後ろを見れば、そこには不機嫌そうな顔をしたライカが立っていた。
 明らかにカイトと一緒に居るサラに嫉妬している。


 「……カイト、行くぞ」
 「え?」


 カイトの返事も待たず、ライカはカイトの手をとって足早に歩き始めた。
 どうやらカイトとサラを一緒に居させたくないらしい。
 いつもは逆の立場なのだから、少しぐらい気をつかってくれてもいいものを。


 >  「ちょ、ちょっとぉ! ライカったら勝手にカイトを連れて行かないでよ!!」
 「………」
 「ライカったら聞いてるの!? カイトからも何か…っ!」
 「ご、ごめん、サラ! 続きはまた今度な!!」


 結局ライカは何も答えず、カイトを連れて行ってしまった。
 サラが呆然としている横で、ライカを連れて来た張本人・ガウェインは、やれやれ、と肩をすくめている。


 「ガウェインの馬鹿!!」
 「何で私に怒りの矛先が向くんですか…カイトくんを連れて行ったのはライカでしょう」
 「でもライカを連れて来たのはガウェインじゃない!! せっかくいいところだったのに!!!」


 あそこでガウェインが声をかけてこなかったら、カイトの好みのタイプが聞けたのに。
 全部、ガウェインのせいでぶち壊しだ。


 「もういい! ガウェインなんて大嫌い!!」


 思い切りそう叫んで、サラは甲板から姿を消した。
 ガウェインとライカを心の中で恨みながら、自分の部屋へと一目散に戻っていったのだろう。


 「大嫌い、ですか…」


 一人残されたガウェインは、小さく溜息を吐いた。
 本当にあの少女は自分の想いに気がつきはしない。
 カイト一筋なのだから仕方が無い、とは思うのだが。
 しかしそのカイトが好きなのはライカだ。
 ライカもカイトが好きだ。
 だから二人はいつも一緒に居るし、さっきだってカイトと一緒にいるサラにカイトは嫉妬していた。


 (同じくらい、私もカイトくんに嫉妬しているんですがね…)


 二人の仲が邪魔したくて、カイトを捜しているというライカを此処まで連れて来た。
 予想通り、ライカはカイトを連れて行った。
 サラは鬼の如く腹を立ててしまったが、ガウェインにとって良い事ではあった。


 (いつになったら、気がついてくれるのか)


 きっと、まだまだ先は長い。
 ガウェインは先の事を思い、再び溜息を吐いた。




 執筆/2007/なち(水色)






















 アンハッピー・バレンタイン side - gs



 ガウェインは憂鬱だった。
 今日はバレンタインデー。
 好きな異性からチョコレートを貰えるかどうか、を気にするものは多い筈だ。
 勿論、ガウェインもそのうちの一人なのだが、好きな異性・サラから貰える筈がない事は分かりきっていた。
 貰えるには貰える。
 しかしそれは、本命ではなく、義理というものなのだ。
 サラの本命は間違いなくカイトの手へと渡る。
 だから、憂鬱になる。


 「あ、ガウェイーーーーーン!!」


 ほら、義理を持ってサラがやって来た。
 重い気分のままサラの方を向いて、ガウェインは驚いた。
 サラの手にはチョコレートが入っているのであろう包み紙が一つ。
 それだけならば別に驚きもしなかったが、その大きさは三、四倍はあるだろうか。
 他に包み紙を持っている様子がないところを見ると、まさか、あれは自分に?


 「はい、ガウェイン!!」
 「…あ、ありがとうございます!」


 天にも昇る気分で手を差し出すと、サラは一つの包み紙を手渡した。
 だがそれは、あの大きなものではない。
 普通、否、それ以下のサイズのものだ。
 大きな包み紙は、大切そうにサラの腕に抱えられている。


 「あ、あの…姫?」
 「なあに?」
 「その、大きい方は…」
 「ああ、これ? 勿論、カイトのに決まっているじゃない!!」


 …やっぱり。
 それもそうだ。サラが自分に本命を渡す筈がないのだから。
 泣きたい気分を我慢しつつ、にこにこと微笑むサラわ見つめていると、大きな音を立ててやってくる物がいた。
 誰かと思ってみてみれば、噂の張本人だった。
 一体どうしてかは分からないが、酷く怒った顔でこちらへやって来る


 「ガウェインさん、これ、あげる!!」
 「え?」
 「俺が作った甘いものが苦いな奴でも食べられるように考えたお菓子!!
 あ、絶対にライカにはやらないでくれよ!! それじゃあ!」


 そう言って、カイトは来たときと同じように大きな音を立てて立ち去ってしまった。
 あの言動から察するに、これはライカの為に作ったが、ライカに腹が立って渡さなかったものを
 ガウェインにくれたのだろう。
 カイトはライカにいい気味だと思うかもしれないが、ガウェインにとってはいい迷惑である。
 こんな事、ライカに知れたら殺されるし、それに、


 「ガウェインの馬鹿!! チョコレート返してっ!!」
 「そんな、姫!?」
 「よりにもよって私の目の前でカイトからそんなものを貰うなんて、酷い!! 羨ましいにも程がある!!
 絶対に許さないんだから!!!」


 サラはカイトと同じぐらい大きな音を立てて、風のように去っていってしまった。
 当たり前だが、サラから貰ったチョコレートはまたサラの手へと戻っていってしまった。
 ガウェインは手にあるカイトから貰ったものを見つめ、これからの事を思うと頭が痛くなってきた。



 ***



 やはり次の日になると、サラとライカの怒りは凄まじいものだった。
 サラからは事ある毎に嫌いとか許さないとか言われ、
 ライカは気がつけばマトリクスギアをこちらに向けていた。
 数日後に自分は死んでいるのではないかと思ったほどだ


 (早く機嫌を直してくれはしないだろうか…)


 そう願ってみるものの、そんな願いが叶わない事ぐらいガウェインは知っている。
 案の定、この件の二人の怒りは数ヶ月続いた。




 執筆/2007/なち(水色)