変わりものの僕ら



 目の前は真っ暗で何も見えない。
 だが、灯りを灯す事など出来ない。
 そんな事をしてしまえば、この部屋の住人は起きてしまうだろう。


 (やっぱり、止めておけば良かったかな…?)


 今更の事を後悔して、カイトは気分が重くなった。
 現在カイトが居るのは、ライカの部屋だ。
 いつもいつもライカに不意打ちのキスをされたり、襲われかけたりなど、してやられまくりである。
 だから彼の弱みを探ろう! と考え、真夜中にライカの部屋に忍び込んで色々と調べる、という結論に達した。
 ちなみにスイヒには何も言っていない。
 こんな事をスイヒが快く思ってくれるとは思えないし、
 ライカにいつもされている事なんて口が裂けても言えない。
 一人決意して部屋に忍び込んだものの、部屋は真っ暗で、これでは調べる事など出来ない。


 (でも今更止めるわけにもいかないし…どうすれば……)


 とりあえず手探りでいいから何か、と思って一歩前に踏み出した瞬間、真っ暗だった部屋が急に明るくなった。
 驚いて辺りを見渡せば、後ろにライカがなんともいえない表情で立っていた。
 …気づかれた。


 「…お前は何をしているんだ」
 「えーと、あの、その〜…」
 「まさか、夜這いか?」
 「だ、誰がそんな事っ!!」


 自分でも面白いくらい真っ赤になったとカイトは思う。
 ライカは中々恥ずかしい事を堂々と言う。
 しかも逆にそういった事をカイトが言っても、ライカはただ笑うだけなのである。


 「お、俺は…ただ……」
 「ただ?」
 「……………お前の弱点とか何かないかな、と」


 するとライカは無表情でカイトの方へと近づいてきた。
 何をする気だ、と身構えた瞬間、その努力も空しくカイトはライカに押し倒されていた。
 冷たい床の感触が服越しに伝わってくる。


 「おい、一体何を…っ」
 「俺の弱点が知りたいのか?」
 「え?」
 「だから、俺の弱点が知りたいのか、と聞いている」
 「え…あ、ああ……」


 そこでライカが何をするかと思えば、ゆっくりとした動作で自らの唇とカイトの唇を重ね合わせた。
 それは深く、長いもので、カイトは頭がくらくらとしてきた。
 嗚呼、いつもこうだ。ライカにしてやられる。


 「いいか、俺の弱点は…」


 そう言いかけたと思ったら、突然とライカの頭に何かが鈍い音をたててぶつかり、床に落ちた。
 何かと思って首をそちらの方向へ持っていくと、もう見慣れた杖型のマトリクスギアであった。
 このマトリクスギアを使う人間が誰だか勿論カイトは知っている。


 「ジェ、ジェフティ…」
 「ライカ!! 君は真夜中に一体何をしているんだ!?」


 カイトが今まで見たこともないぐらいの怒りに満ちた表情で、ジェフティが扉の前に立っていた。
 手に何枚もの書類らしきものを持っている事からすると、任務について何かライカに用があるらしい。


 「カイトもカイトだ!! こんな時間にライカの部屋に来るなんて、全くもって危険すぎる!!!」
 「え? あ、悪い…」
 「いいから、君は早く自分の部屋に戻る事だ。今の僕の大声でスイヒが目覚めたら大変だろう。
 ほらライカ、さっさとカイトから退くんだ!!」


 仕方が無い、といった感じでライカはカイトの上から退き、ジェフティを不機嫌そうな顔で見つめている。
 あまりわけが分からなかったが、カイトはジェフティに言われるがままにライカの部屋から出て行った。


 (そういえば、結局ライカの弱点って何なんだ…?)


 だいたい、何であそこで押し倒されてキスをされる必要がある。
 意味が知りたいと思ったが、あの瞬間の事を思い出すとやたらと恥ずかしくなってきたので、
 カイトは考えるのを止めにした。



 ***



 「…それで、どういうつもりなんだい?」
 「………」
 「自分の弱点は、とか言って、本当はそんな事を教えるつもりなんてないくせに」
 「…分かっていたのか?」


 ジェフティは、君の考えている事なんて安易に想像がつく、と言っただけだった。
 ライカはジェフティの言った通り、カイトに弱点を教えるつもりなんてなかった。
 それに自分の苦手なものというと甘いものぐらいで、それは弱点といえるものかが分からない。
 あの時したかった事は唯一つ。
 カイトがあまりにも可愛かったから、襲いたい気分に駆られた。それだけだ。
 勿論、分かっていると言うジェフティに言うつもりはないし、カイトにも言うつもりはない。
 こんな事を言ったらカイトは激怒するだろう。
 そんなカイトの姿も可愛いと思う自分は、変わっているのかもしれない。




 執筆/2007/なち(水色)






















 アンハッピー・バレンタイン side - rk



 気分が悪い。
 甘ったるい匂いが、何処へ行っても鼻につく。
 その理由は簡単である。
 今日は世間で属に言う「バレンタインデー」なのだ。
 この日が、ライカは大嫌いだ。
 ライカは甘いものが苦手で、いくら拒否しても何人もの女性がライカにチョコレートを渡そうと殺到してくる。
 それはこの幽霊船にしても例外ではなく、女性船員が朝からライカにチョコレートを渡そうと必死になっている。


 「ライカ、何で鍵なんか閉めてたんだ?」


 何をしにやって来たのかは知らないが、ライカの部屋へとやって来たカイトは部屋に入るなりそう言った。
 ライカは部屋に鍵を閉めており、相手がカイトだと分かっていたから開けた。
 これがカイト以外なら開けはしない。


 「鍵を閉めてでもおかないと、知らない奴が甘いものを大量に持って入って来たりする」
 「………ああ、今日はバレンタインだもんな」


 そう言うカイトの表情はどこか怒ったものだったが、大してライカは気にしなかった。
 それよりも、この甘ったるい匂いがキツすぎる。


 「それで、お前は何をしに来たんだ?」
 「え? ああ…やっぱりいいや」


 やはりカイトの顔は怒ったものだ。
 しかし、ライカにはその理由が全く分からない。
 ここ最近カイトに対して何か彼が嫌がるような事をした覚えはない。
 否、それとも自分が気がついていないだけか?


 「カイト、どうしてそんなに怒っている」
 「べ、別に怒ってなんかない! それじゃあ、そういう事だから!!」


 カイトはライカを凄まじい形相で睨みつけ、大きな音を立てて出て行ってしまった。
 今の状況を怒っていないと言うのならば、何と言うのか。
 カイトを追いかけようと思ったが、部屋から出たら厄介な事になる。
 頑張っても、今日カイトの所まで行くのは困難だ。
 行きたい気持ちを抑えながら、仕方なくライカは部屋に留まった。
 この時の判断が誤っていたと気がつくのは、よりにもよって次の日になってからだった。



 ***



 「ちょっと聞いてよ、テレーゼ!! 昨日、ガウェインったらカイトからお菓子を貰ったのよ!?
 もう、ガウェインなんて絶対に許せない!!」
 「まあ、カイトさんがガウェインさんに…ですか」
 「そう!! しかもわざわざカイトが作った、全然甘くない、
 甘いものが苦手な人でも食べられるような特別なお菓子なんですって!!」


 次の日、サラとテレーゼの部屋を通り過ぎる時、扉越しにこんな会話が聞こえてきた。
 カイトが、ガウェインに?
 しかも、甘くないお菓子?
 …まさかカイトは、それを渡す為に部屋に来たのか?
 だがライカに腹を立てて出て行き、多分、偶然途中で会ったガウェインに渡したのだ。


 (何であの時、追いかけなかったんだ…)


 今更後悔しても、もう遅い。
 それはガウェインの手に渡り、きっと彼はもう食べてしまっただろう。
 自分に腹を立てながらも、ライカは数ヶ月、ガウェインを恨み続けた。




 執筆/2007/なち(水色)






















 想いのなまえ



 嫌いじゃない。
 でも、この気持ちを何と呼ぶかは分からない。


 「カイト、いい加減に素直になったらどうだい?」
 「…何を?」
 「何をって…ライカの事だよ。好きなんでしょ、ライカの事」


 ジェフティの突然とした発言に驚いたものの、カイトはすぐに大声で否定した。
 全く、突然と何を言い出すのだ。
 ついつい顔が赤くなってしまっているのが、嫌でも分かる。


 「別に嘘なんか吐かなくてもいいのに。僕としては、早く君達にお互いの想いを分かり合って欲しいんだよ」
 「え? どういう事だ??」


 カイトがそう言うと、ジェフティは酷く疲れきった表情をした。
 なんとなく、先が読める気がする。


 「…最近のライカの行動は君も知っているだろう? 何かとカイトが最優先、カイトに好かれようと奇妙な行動
 だってし始める、あげくは甘いものが苦手なのにチョコレートなんて持っているから倒れる始末」


 確かこういった件は全てジェフティが処理していた筈だ。
 つまりジェフティはカイトが素直になればライカのこういった行動はおさまり、
 自分への負担が消えると考えているのだろう。
 とはいうものの、カイトにはライカが好きなのかがよく分からない。


 「カイト、ジェフティ、こんな所で何をしているんだ?」
 「うわあっ!?」


 何でこんなタイミングでやって来るんだ、この男は!
 そ知らぬ顔でやって来た全ての元凶であるライカを睨みつける。
 ああ、顔の赤さが酷くなっていく。


 「と、突然とやって来るなよ!!」
 「突然と言う程のものではないと思うんだが…それよりもカイト、顔が酷く赤いが」
 「お前の気のせいだ!! 俺は赤くなんてなっていない!!!」


 嫌いじゃない。
 でも、この気持ちを何と呼ぶかは分からない。
 隣に居たジェフティが、思った以上に早く片付きそうだ、と言ったのが聞こえた。




 執筆/2007/なち(水色)






















 おあずけ。



 「お前は本当に俺の事が好きなのか?」
 「…え?」


 きょとんとしてライカを見つめれば、彼は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
 否、いつもそんな顔だが。
 今日は特に機嫌が悪そうに見える。


 「そりゃあ…別に嫌だなんて言ってないからそうだろ」
 「ならば、何故お前は『好きだ』と言ってくれない」


 あわててカイトは不機嫌そうなライカから目をそむけた。
 そんな恥ずかしい言葉、そう簡単に言えるものではない。
 ライカはよくカイトに「好きだ」と言ってくるが、ライカはあまりそういった事に関して恥じる様子がない。


 「は、恥ずかしくてそんな事を簡単に言える筈がないだろっ」
 「だが、俺はそのせいで不安になる」


 つまりは「好きだ」と言えと言いたいのか、この男は。
 しかし恥ずかしい。言える筈がない。
 とは言っても、ライカはカイトがその言葉を言うまでこの調子を続けるだろう。
 ちらり、と横目でライカを見てみれば、ますます不機嫌になっていた。
 このままではきっとジェフティに小言を聞かされるだろう。
 また君のせいで仕事がはかどらない、などと延々に言われるに決まっている。
 そうするとカイトに残された道は唯一つ。
 ライカに「好きだ」と言うしかない。


 「…ラ、ライカ」
 「何だ」
 「す、す…す……っ」


 すると、部屋を軽くノックする音が聞こえ、次の瞬間ジェフティが険しい顔つきで入ってきた。
 大量の書類を抱えている所からすると、どうやら仕事が山積みで機嫌が悪いらしい。


 「や、やっぱり無理!!」
 「カイト?」


 ただでさえ恥ずかしいのに、第三者が居る所でなど絶対に無理だ。
 ジェフティが、君達は何また馬鹿な事をしているの、と目で問いかけてきたが
 カイトは一目散に部屋から走り去った。
 部屋には不機嫌なライカとジェフティの二人が残った。


 「…ライカ、また君はカイトに何か変な事でもしたの?」
 「………」
 「まあ、いいけど。とりあえず、カイトの事でまた変な事をしたらただじゃすまさないからね」


 しかしジェフティの言葉をライカは聞いてはいなかった。
 あの言葉はまたしばらくおあずけか、という事しか頭にはなかった。




 執筆/2007/なち(水色)






















 いつまでもずっと



 たまに、否、至極頻繁に、何故この男は自分の事が好きなのだろうかと疑問に思う。
 顔が整っているのだから異性には酷くモテる。
 なのにそんな異性達など相手にはせず、自分を選んだ。
 よりにもよって同性である自分を、である。
 相手が好きだから嬉しいものの、やはり疑問が残る。


 「なあ、ライカ。どうしてお前は俺が好きなんだ?」


 思い切ってそう問えば、ライカは深い溜息を吐いた。
 こっちとしてはこの一言を言うだけに勇気が大分いったというのに、この反応は何だ。
 かなり気分が害される。


 「お前は何故そのような馬鹿げた質問をする」
 「ば、馬鹿げた!?」


 カイトにしてみれば馬鹿げたどころか、酷く切実な問題だ。
 それをライカは、馬鹿げた質問だと言った。
 腹が立つ。
 こっちの気持ちも知らないで、何様のつもりだ。


 「俺にとっては馬鹿げた事じゃないんだよ!!
 いいよな、どうせお前はこんな気分を味わった事がないんだから!!」


 あんなにも異性にモテるのだ。
 このような気持ち、味わった事がないに違いない。
 だからこそ、ああやって言える。
 しかし予想に外れ、何故かライカは再び溜息を吐き、大真面目にこう言った。


 「俺はいつも、カイトがどうして俺の事が好きなのか疑問に思う。
 そうして、いつ心変わりされないかと不安に思う」


 一瞬、こいつは何を言っているのかと思った。
 どうして好きとか、心変わりとか。
 馬鹿げている。


 (…って、さっきのライカの言葉と同じじゃないか!)


 嗚呼、でもこういう事なのか。
 どうして好きかなんて、理由は要らない。
 心変わりなんてしないから、不安になる必要は無い。
 つまり、ライカはこう考えていたのだ。


 「カイト」
 「…何だよ」
 「俺はお前が好きだ。お前は、どうだ?」


 何でそこで言わせるんだよ。絶対にわざとだろ。
 だが、あえて何にも言わなかった。
 言ったところで、同じような話題がループするだけだ。


 「………好きだよ、馬鹿」


 ライカの腕が伸びてきて、強く抱きしめられた。
 皆がこの状況を見たら何て言うのかな、と想像したが、結局はこの状態が心地良く、
 色々と面倒に感じられたので思考するのは止めにした。




 執筆/2008/なち(水色)






















 不安がつきまとう



 同性のカイトから見てもライカは誰もが羨む「美形」だと思う。
 一緒に町に出歩けば女性ならば誰もが振り向くほどの容姿を持っている。
 本人は全くそういった事に無頓着の様だが、カイトにとってこれは悩みの種であった。
 ライカは自分の事を好きだと言ってくれるが、もしも絶世の美女が現れ、ライカを誘惑でもしたら?
 いくらライカでも、やはりそちらの方がいいのではないのか。


 「馬鹿か、お前は」
 「な、何だよ! 俺は本気で言ってるんだぞ!!」


 カイトから話を聞いたライカは、馬鹿馬鹿しい、と肩をすくめた。
 どうやらライカはどんな事があろうともカイトを選ぶ自信があるらしい。
 嬉しい事ではあるが、やはり不安である。


 (馬鹿馬鹿しいって言われても、不安なんだから仕方がないじゃないか)




 執筆/2009/なち