彼女は俺なんかと違って綺麗だ。
きっと汚い事なんて何もやってきていない。
そもそも今のこの世の中、汚い事をやってきていない人間なんて少ない。
それでも俺は汚い人間だったし、彼女は綺麗だった。 「馬岱殿は、いつもひとりなのね」 殿と二人で鍛錬をしていると、唐突にそう言われた。 この言葉に俺は暫し首を傾げなければならなかった。 俺は別にいつも一人ではないと思っている。 確かに一人で居る事が少なくないわけではないがかと言っていつも一人というわけではない。 「そうかなあ。若のお守役ばっかりしてると思うけど」 「確かに馬超殿の一緒によく居るけど、そういう事じゃないの」 殿はさらりと肩にかかっている髪を掻き上げる。 たかがこれだけの動作だというのに俺は殿に目が奪われる。 「いつも壁を作っていて、一緒に居るのに一緒に居ない、そんな感じかしら」 きっと、今の俺は引き攣った顔をしているのだろう。殿の言葉は当たっている。 壁を作らないでいた方がやらなければならない事をする時との俺と、普段の俺との区別をつけられて楽だからだ。 相手に情が移ってしまえばその行為はやりにくくなる原因だと分かっていても。 「……ごめんなさい。変な話をしてしまったわね。私から誘っておいて何だけど、今日はもうここまでにしましょう」 殿は申し訳なさそうな顔をして頭を下げ、そのまま足早にこの場から去って行く。 慌てて俺は殿を呼び止めようとしたが結局は何もせずただ立って去って行く姿を見つめていた。 呼び止めたところで俺は殿に何を言うというのか。 言われた事は当たっている。何を如何、弁解するのだろう。その行為に意味はあるのだろうか。 意味は、ない。 俺は殿に恋焦がれてる。だが何も行動に移した事はなかった。 汚い俺と綺麗な殿では釣り合わない。 俺には、始めるつもりも終わらせるつもりもないのだ。 始まらないから終わらない title : 睡魔 |