、私のものになれ」

鍾会の如何にも、断る理由などないだろう、とでも言いたげな顔をしていた。 如何せん性格に難有りではあるが鍾会からこう言われたならば大抵の娘は二つ返事で頷くだろう。 だがはむしろその逆であった。 何故、突然と鍾会からこのように言われねばならないのかがまず理解出来ない。呼び捨てにされる覚えもない。 そもそも人をもの扱いするとは如何いうつもりだ。

「悪いけれど、丁重にお断りするわ」

そう返せば鍾会は秀麗な眉を吊り上げた。 断られる等と思ってはいなかったのだろうがその考えに至れるというのが不思議だ。

「この私が直々に頼んでいるのだぞ。何故断る」
「あれで頼んでるですって? 命令の間違いでしょう」

普段の鍾会の態度から考えて素直に物事を頼むというのは想像出来ないものではあったが、 あれを命令ではなく何と称すというのか。 殴られなかっただけ良いと思ってほしいくらいだ。本当ならば殴り倒してやりたい。

「どちらにせよ、私のものになる事を拒むなど有り得ない。理由を言え」
「何でそういう考えになるのよ…」

こういう考えになる辺りが彼らしいといえば彼らしいのは事実ではあった。 あのような言葉を言ったとという以外は普段の鍾会のままというのは安心出来るものではあるが。

「私、人をもの扱いするような人って嫌い」

すると鍾会は成程それが原因だったのかと納得した顔をした。 とはいえ本当に納得したかは怪しいものである。 の今までの経験から言って鍾会が言葉通りに納得したとは考えにくい。

「その件に関しては謝ろう。申し訳ない」
「別に理解してもらえればいいけど…」
「では改めて言おう。、私の妻になれ」

酷い頭痛がして思わず頭を抱える。 何故かは分からないがどうしても鍾会はを妻にしたいらしい。 それにしても先程言ったばかりだというのに相変わらず命令口調とは学習しているのかしていないのか。

「まさか、私の妻になるのが不満なのか?」
「ええ。凄く不満ね」
「不満になるような要素など一切ないと思うのだが」

鍾会からしてみれば自分のような完璧な人間の妻になるというのは なんとも幸福な出来事だと思っているのだろう。 しかしは別にそんな地位は欲しくないし、鍾会を完璧な人間だとは思わない。 何よりも鍾会を恋愛対象として見ていない。 恋愛関係となって夫婦になるというのはほとんどななく普通は政略でなるものではあるが、 それでもは好きでもない相手の妻にはなりたくなかった。 その点、鍾会は好きではあるが恋愛としての好きではないのだから同じである。

「ねえ、鍾会殿。貴方は何故急に私を妻にしようと思ったの?」

の一番の疑問はそれであった。 今まで鍾会はに対して他の者達と変わらぬ態度をとっていた筈だ。 政略としてこんな事を急に言い出したのか、と考えてみてもは特別名家の出身というわけでもなく、妻に娶っても特に鍾会に利はない。 だが鍾会の反応はといえば少しばかり顔を赤くし、何を今更、と言ってきた。

「……が好きだからに決まっているだろう」

これほどまでに自分の耳をは疑った事はない。 鍾会は、今、好きだからと言った。間違っていなければそう言った。 そうは言われても、貴方は何を血迷った事を言っているの、としか返せない。 本当は別の理由があってそれを誤魔化す為にこう言っているのかと考えたが 鍾会のこの様子からしてそれは違うらしい。 しかしそうなると鍾会はが好きだという事になってしまう。

「ええと…鍾会殿、何かの冗談よね? 今までそんな素振りを見せた事なんてなかったじゃない」
「むしろしてきたつもりだ。気がついていなかったのか?」
「…………気がついていたならばこんな質問なんてしないわ」

だが言われてみればどことなくそんな素振りをしていたような気がしなくはない。 今まで他の者達と同じだと思っていた態度も急に違ったものだったように感じられてくる。

「あれほどあからさまな態度をとっていたのだから、私は気がついているとばかり…っ」

あくまで冷静さを保っているとは対照的に明らかに鍾会は狼狽していた。 こんな鍾会の姿を見れるのは滅多にない事であり珍しい事もあるものだとどうでも良い思考をする。 記憶を辿ってみれば鍾会の言う態度に対してはそれとなく鍾会が誤解するような態度をとってきた事もあった。 もしかすると鍾会はも同じ想いだと誤解して、それならばとあのような言葉を言ってきたのかもしれない。 だとするとこれはあまりにも申し訳なくなってくる。

「鍾会殿、確かに私は貴方を恋愛対象として見てきていなかったけど、でも、ほら、そうじゃなかったのにこういった事がきっかけで見方が変わったりすることもあるし」

正直こういった場合は何と声をかけて良いのか分からなかった。 はこれまで誰かに想いを寄せられた経験がない。 縁談はいくつかきた事があるがどれも恋愛といった要素は絡んでこなかった。所詮は政略だ。 このの慰めをどう受け取ったのか、鍾会は大きく一つ溜息を吐くとずいっと顔を近づけてきた。 突然とした事に今度はが狼狽する番だった。こんなにも鍾会の顔を間近で見たのは初めてだ。

殿、私は必ず貴女を私の妻にしてみせる」

そう言って鍾会は背を向けて歩き出す。 どうやらの言葉で鍾会は落ち込むどころか一層やる気を出したらしかった。 去って行く鍾会の背を見つめ、は深呼吸した。落ち着け、と自分自身に言い聞かせる。 煩いくらいに胸が高鳴っていた。どうやら鍾会の妻になるのは時間の問題のようだ。

揺らぎ揺らめく、