殿が好きです、と姜維に言われたのはどのくらい前だっただろう。 覚えているのは諸葛亮殿が死んだ後だったという事だ。 私はずっと姜維が好きだった。 だから凄く驚いたと同時に嬉しかったものだ。

「貴女が、好きなんです」

私を見て微笑みながら姜維はそう言う。 だけど私は何も返さない。 ただ自らの気持ちを抑え込んで彼を見つめるだけ。 確かに、私は姜維が好きで好きだと言われて嬉しかった。 けれどだからといって「私もずっと好きだった」などとは返していない。 姜維はそれでもいいと言った。自分が勝手に好きだからと。そしてそう想う事を許してほしいと。

「私は、殿が好きです。誰よりも、ずっと」

胸がちくりと痛んだ。ぐっと拳を握りしめてそれに耐える。 いくら姜維が私に好きだと言ってきても私には応えられない。 応えたところで傷つくだけなのは目に見えている。 私はそこまで強くない。傷つきたくはなかった。 だって、姜維は私が好きだけど愛してはいないもの。 姜維の感情は確かに恋愛だろう。 恋愛としての好きだという事は間違ってはいない。 それでも「愛」にはあと一歩足りないのだ。それに姜維は気がついていない。 いつだって、今だって、姜維の心にあるのは諸葛亮殿だ。勿論これは恋愛としての意味ではないが。 諸葛亮殿の遺志を継ごうとして、北伐を繰り返して、私の事は好きだけど愛していない。 もしも私が北伐の邪魔になるというのならば姜維は私を迷わず殺すだろう。結局諸葛亮殿の事ばかり。 おかげでそろそろこの国も終わりが近いという事を理解していない。 あまりにも馬鹿らしかった。 疲弊していく国も、私を好きだという姜維も、そんな姜維が好きな私も、何もかも。 どうせあと少ししたら全て終わるのだから。

絶望まであと少し