は誰よりも愛らしく武将としての力量も申し分ない素晴らしい女性である。これが楽進の見解だった。 前に李典にこのことを伝えた際、に惚れるなんて随分と物好きなんだな、と呆れられたがこの考えは変わらない。

「楽進殿、郭嘉殿が何処にいるか知らない?」

珍しく苛立った様子でが部屋にやって来たかと思えばそう尋ねられた。 は喜怒哀楽が激しい方であるが、ここ最近はあまり怒っている姿を見たことがなかった。

「いえ…知りませんが」
「そう。まったく、何処に行ったのかしら」

二人の間に何があったのだろうか。郭嘉のことだ、きっと女性絡みに違いない。 だがそうすると何故がこんなにも怒っているのかという疑問が残る。 もしや二人は恋仲なのでは、という考えが浮かぶ。相手が郭嘉では諦めるしかなくなる。

「郭嘉殿ってば、私の妹にまで手を出すなんて。見つけたらただじゃおかないんだから」

の妹は女官である。昔からは妹のことを大切に思っていて、それはもう溺愛していた。 その妹が男に、しかもよりにもよってあの郭嘉に手を出されたとなってはのこの怒りは仕方ないことだろう。 成程ただの杞憂であったようだ。安心し、そしてこの状況に思わず苦笑する。

「まあ、妹も妹だけれど。せめて楽進殿ならば私もまだ許せたのに」
「わ、私ですか!?」

突然の名指しに驚けばは真剣な顔をして頷いた。郭嘉がとしては妹の相手として任せられないのは分かる。 だからといって楽進の名を出すなど考えもしなかった。他にもの妹の良い相手は大勢いる筈だ。

「だって、楽進殿ほど良い人ならば私も妹を安心して任せられるわ」

喜んで良いのかも知れないが、残念ながら楽進には喜べそうもなかった。良い人と称されたのは喜びたい。 しかし問題はの相手としてではなく、妹の相手としてなのだ。楽進が好意を抱いているのはだ。その妹ではない。 どう返して良いか分からずにいると、ああでも、とは続ける。

「やっぱり今のは忘れて。楽進殿を妹にとられるのはとてもじゃないけれど、私は絶対にたえられないもの」

胸が早鐘を撞くように高鳴る。聞き間違えでなければ、今、楽進が妹にとられるのがと言った。 妹を楽進に、ではなく、楽進を妹に。それはつまり楽進を妹にはやりたくないという意味だ。 問題の発言をしたはといえば、何でもないことを言ったかのように平然とした顔をしている。

「あの、殿、今の言葉…っ」
「あ、郭嘉殿!見つけたわよ!」

次の戦の策についてであろうか、郭嘉が楽進の部屋を訪れていた。 郭嘉の姿を目にとめたは楽進の言葉を聞かず郭嘉へと足早に近付き、妹のことについて糾弾し始めた。 こういったことには慣れているのか郭嘉は余裕のある笑みを浮かべて、困ったな、などと本当に困っているのかはよく分からないことを言っている。 先程の言葉の真意を聞きそびれてしまい、楽進はどうするべきかと考え二人のやり取りを見つめる。 が本気で言ったのだとすれば、もう少し積極的に行動するべきなのかもしれない。兎にも角にも、一先ず二人のこの言い争いをどうにかせねばなるまい。


滲む慕情

title : 寡黙