どうやら好意を寄せられているらしい、とがはっきり理解したのはもう随分と前のことである。 最初の頃はこの態度は何なのかと疑問に思ったり、もしやと考えたものの自分なんかに好意を寄せるだろうかとそれを否定していた。 しかし、こうもあからさまな態度をとられてはそう判断するしかない。張苞は自分のことを好いている。

「確かに、あの態度は、その…些か分かり易いですよね」

そう言って困ったように姜維は笑う。あれのどこが些かだというのか。その程度のものではない。

「あれで本人は私が気づいていないとでも思っているのかしら」

こうやって姜維と話をしているの姿を、張苞は少し離れた場所からちらちらと視線を向けてくる。 張苞としては俺は何も気になっていないぞという雰囲気を醸し出しつつ様子を窺っているつもりなのだろうが、 張苞のに向ける視線はあまりにも熱っぽく、こんな視線を向けられて気がつくぬ者がいるのでろあうかと思えるものであった。 試しに視線を張苞に向けてみれば、彼は慌てて視線を逸らした。ほんのり頬が赤く染まっている。ああなんて分かり易い。

「それにしても、殿も意地が悪い」
「どこが。だって、私からはどうも出来ないわ」

好意を寄せている。だからといって、張苞がそれなりの行動をに対して行ったことは未だ一度もない。 視線を向けてくるなどあからさまに私は貴女に対して好意を抱いていますという態度はとっても、 を食事に誘ったり贈り物をしたり甘い言葉を囁きかけてきたりはしない。そもそも二人きりで会話をするということすらない。 必ずもう一人誰かを交えた三人以上でしか会話をしないのである。 そしてそんな張苞に対しては何もしない。好意を寄せられることに悪い気はしない。張苞のこともどちらかといえば好みで嫌いではない。 嫁いでほしいと言われれば張苞なら良いかもしれないとすら思っている。 ただ、がわざわざ張苞に自分に想いを伝えるよう仕向ける、または婚姻しても良いと告げるのは何か違う。 それに、残念ながら、と言うべきなのかは張苞にそうするほどまでに想っていない。

殿が動いて下されば、もう少し順調に事が運ぶと思うのですが。今のままではいつまで経っても変わらぬでしょうから」

では私は丞相のもとへ行かなくてはならないのでこれで失礼します、と姜維は少しばかり頭を下げると背を向けた。 要するにも張苞のことを悪く思っていないし、この状況も長くて変化がないからから行動してさっさと夫婦にではなれば良いではないかと言いたいらしい。 姜維の言いたいことは分かる。正直なところ、この状況に皆が呆れている。そうした方が良いのかもしれない。

(とはいえ、私が行動するのはやはり何か違うのではないかしら)

行動しろと言いたいのならばではなく張苞に言うべきである。全ては張苞が何も行動しないからではないか。 そう思っていると少し腹立たしくなってきて、かぶりを振る。こんなことで腹を立ててどうするのだ。馬鹿馬鹿しい。 落ち着くために深呼吸し、鍛練でもするかとこの場を立ち去ろうとすれば、、と声をかけられた。

「……張苞殿」

声がした方を振り返れば張苞が立っていた。 相変わらずほんのり頬を赤く染め、視線を泳がせている。 これではどちらが女なのか分からないような気がした。こういうのは女がすべき仕草なのではないだろうか。 それにしても、普段は二人きりで会話などしないのに話しかけてくるとは珍しいこともあるらしい。

「こんなところで会うなんて、奇遇だな」
「そう、かしら…?」

別に奇遇とは言えないのでは、と言いかけたのをなんとか飲み込む。 奇遇も何も姜維と話す前から張苞かの様子をずっと窺っていたことを知っている。 張苞は、ええと、だの、その、だのと言い淀んでいたが、やがて何か意を決したようにこちらを見つめてきた。 視線が交わる。そういえば視線が交わることも珍しい。いつもはそうする前に張苞が視線を逸らしてしまう。

「良かったら、一緒に鍛練でもしないか!?」

予想していなかった言葉に、呆気にとられた。だが張苞には勇気を振り絞り口にした言葉らしく、真剣にの言葉を待っている。

「ええ…構わないけれど…」

特に断る理由もなく承諾すれば、張苞は目を輝かせて喜んだ。 そしてそのまま、本当かありがとう!との手を握る。これには、呆気にとられた。 これは本当に今までただ視線を向けるばかりで何もしてこなかったあの張苞なのだろうか。幻でも見ているのではないか。それとも彼は頭でも打ったのではないか。 次々とそういった考えが頭に思い浮かぶが、どうやらこれは現実らしい。 現にの手を握る張苞の手の温もりはとても温かく、人間のそれであるのがよく分かる。 武将らしくごつごつとした手で、こういう手は好きだなと思ったところでやっと我に返った。

「…ちょ、張苞殿…」
「え? ……あ、わ、悪い!」

声をかければ、張苞は顔を真っ赤にして手を放した。 この様子からして手を握ったのは勢いでしたことであり、意図したことではないようだ。 そのせいなのか、酷く狼狽していた。張苞からしたら恥ずかしくてたまらないに違いない。 そして、何だかこちらも少し恥ずかしいのは気のせいではないだろう。


青き春の祝福

title : 寡黙