「動物が、いないのです」 日は十分に高い位置にあり、室内ではなく外であるこの場所を明るく照らしているというのに随分と薄暗く感じる。 そんな中で、夏侯惇はただ黙って朴刀を握りしめ、の姿を見つめていた。 馬であろうが猫であろうがの周りには一匹もいない。 だから、とは続ける。 「その代わりにと」 から視線を外し、その周囲へそれを向ける。周りは全て赤かった。 土も草も何もかもが赤で埋め尽くされており、そこには大量の虫の死骸と、彼女の世話を任されていたのであろう女達の姿があった。 血で真っ赤に染まり、無残な姿となった女達はもう何も言わない。何も言えない。 いくつもの戦場を経験してきた夏侯惇ですら吐き気を催すこの光景に、は平然とした様子で佇んでいた。 「お前はそうやって何もかも殺すつもりか」 いつか父であるあの男すら殺しかねないだろう、というのが夏侯惇の考えだった。 齢十にも満たないこの少女には、殺し癖があった。殺す為なら手段を選ばない。知恵を絞ってどんな相手であろうと殺しにかかる。 曹操に使えるの父親はそんなが恐ろしく、人里離れた場所に隔離し、殆ど様子を見には来ない。殺されるのが恐ろしいからだ。 殺されるならば逆に殺してしまえばいいのかもしれないが、恐ろしいとはいえ血の繋がった子を男は殺せなかったらしい。 男から話を聞いた夏侯惇は男の代わりに何度もに会いに来ていた。 その話が信じられなかったし、男は優秀で曹操や夏侯惇の為に非常によく働いていた。
夏侯惇が見る限り、は夏侯惇のことを慕う慎ましやかな少女でしかなく、何かを殺す場を実際に見たことはなかった。
ただ、の世話をする女達は会いに行くたびに代わっていた。
来始めた頃は頻繁に見かけた猫や鳥がいなくなった。何頭もいた馬もいなくなった。
そして、ついに今、男が真実を口にしていたのだと理解した。には殺し癖がある。
への嫌悪感で顔を歪める。この幼さで、こうもたった一人で、ここまで殺せるものなのか。
しかしそんな夏侯惇の様子に気がつかないのか、は不思議そうな顔をして首を傾げた。 「何もかもとはどういう意味でしょうか。夏侯惇様、私はただ生きていることを実感したいだけなのですよ」 背筋に冷たいものが走る。 あの男が殺せないというのならば、自分が今この場で殺してしまうべきなのかもしれない。 は危険な存在だ。生かしておいてはならない。朴刀をに向けようとすると、まあ、と彼女は嬉しそうな声を上げた。 「夏侯惇様、見てください。なんて可愛らしい猫なのでしょう」 何処からか迷い込んで来たのか、一匹の猫が少し離れた場所に現れていた。 猫をはうっとりとした顔で見つめていた。そんな様子は年齢相応の少女の姿にしか見えない。 だが、その目は幼いながらも誰よりも血に飢えた獣のそれそのものでしかなかった。 幼獣 title : joy |