「よ、よう来た。久方ぶりじゃな」
「はい。お久しゅう御座います、宇喜多様。御会い出来るこの日を心待ちにしておりました」 秀家の宇喜多家との家は古くから付き合いである。 よく昔は「八郎殿、八郎殿」と秀家の幼名を何度も呼びながらは後ろをついて回ってきたものだ。 しかし秀家が幼いながらも家督を継ぎ、更には太閤・秀吉の猶子になったりとした事により、年に一度も会えぬ時すらあった。 今回こうして会うのも半年振りの事である。 久方に顔を合わせるわけであるが、この姫は本当に美しくなった、と秀家は思う。 秀家は昔からに想いを寄せてきた。 出来る事ならば妻にしようと考えており、の父親はそれを理解しているらしくどうぞ妻にしてやって下さいと言ってきている。 勿論、にその前に想いを伝えねばと思う。 妻にするのは簡単だが、政略結婚だと思われたくはない。 今、伝えてしまうのが一番良いだろうが、昔から育ててきた密かな想いであり、いざ口に出すのは恥ずかしいものがある。 「実は、宇喜多様にお話が御座います」 「話?」 「はい。もしかすると、宇喜多様はもう御存知かも知れませぬが」 そうは言われても、に関する話をここずっと聞いた事がない。 笑顔でいる点から考えると、何か喜ばしい事でもあったのだろうか。 「秀吉様のもとへ、嫁ぐ事となりました」 ぐらり、と世界が揺れた。 信じられないと思うと同時に、今の今まで自分は浅はかであったと感じた。 秀吉は好色だ。美しい姫が未だ一人身であると知って欲しいと言わぬわけがない。 それに、普通ならばはもうどこかへ嫁いでも良い年頃である。 容姿も少女の面影を残しながらも美しくなり、妻に欲しいと言った者も少なくはないと聞いた。 それでもの父親は秀家の想いを理解している為、断り続けてきた。 だが、今回言い出したのは太閤の秀吉である。 いくら秀家の想いを知っていようと断れるわけがないだろう。 「よって、場合によってはこれが宇喜多様と御会い出来る最後の機会かもしれませぬ」 「…そうか。秀吉様のもとへ嫁ぐのか」 無理に笑顔を作り、それは非常にめでたい事じゃな、等と祝いの言葉を並べる。 相手が秀吉では自分がいくらを妻に欲しいと思っても叶わぬ事である。 胸が苦しく、張り裂けそうな思いだ。 許されるならば今すぐここで我が物にしたいとすら考える。 その後、と多くの言葉を時間と共に交わしたが、何と返したのか、どういった話であったか覚えがない。 ただひたすらにその思いだけが頭の中で回り続けている。 「…では、これにて失礼させて頂きます」 「もう、屋敷へ戻るのか?」 「父上に早く帰るようにと言われて来ましたので。御会い出来て、楽しゅう御座いました。秀吉様のもとへ嫁いだ後も、またこうやって御会いしたいものです」 は始終、笑顔である。 きっと秀吉に嫁ぐのだから名誉な事だと考えているのであろう。 これがでなければ、素直に祝ったに違いない。 しかしもうこの事実を変える事は出来ぬのだ。 自分も楽しかったという旨を伝えると、は正座したまま頭を下げた後、 部屋から下がって行こう退出しようとする。 思わず、行くな、と声を掛けそうになり、ぐっとそれを押さえ込む。 「…やはり、貴方は止めては下さらぬのですね」 すると何故か、はあと少しという所で立ち止まり、こちらを振り向いた。 先程から見続けてきた通り、笑顔であるが、先程までとは違う。 のこのような、悲しくも美しい笑みを見たのは初めてである。 「…?」 「ただの戯言だと思って、聞き流して下さって構いませぬ」 秀家にそれ以上言葉を続けさせないようにするかのように、は続けた。 ふと目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。 まるで、溢れてしまう感情を塞き止めるかのように思える仕草である。 「宇喜多様、詮無き事と分かっていながらも、私は貴方に止めて欲しいと願って此処まで来ました」 そう言って、目を伏せる。 その瞳から水滴が流れ、頬から流れ落ちる。 「何故なら、もう全てが遅いけれど、私は貴方の事を昔から慕って想いを寄せていたからです、八郎殿」 視線を上げ、は涙を流したまま秀家を見ると、もうそれ以上は何も言わずに立ち去った。 秀家はそれを見送った後、先程までが座っていた場所を見つめた。 嗚呼、何故自分は止めなかったのか。何故早く妻にと貰わなかったのか。 後悔ばかりが押し寄せて、暫く動けずにいた。 偽想 |