は数年前から思う事がある。 それは、従兄である豊久に自分は嫌われているのではないか、という事である。 昔はそれなりに仲が良かったと思う。 だが、年を重ねる毎に豊久のに対する態度は冷たいものになってきた。 彼は感情表現がそこまで上手くはないという事は知っているが、流石に冷たすぎるように感じられる。

(私は、豊久様に嫌われているのだろうか)

特に最近はこう思う事が増えてきた。 もしも嫌われているとするならば、あまりの辛さに死んでしまいそうな気がする。 豊久に嫌われてしまったら、自分の全てが終わってしまうと感じるのである。

「…よ、聞いておるか」
「え、あ…申し訳ありませぬ、父上。少しぼんやりしておりました」

今日も今日とて、父である義弘と話をしていたというのに、 ついつい豊久の事を考えて話を聞き逃してしまった。 後ろに控えていた侍女が、姫様、と注意してきた。 とはいうもののやはり頭から豊久の事がはなれない。 きっと昨日、豊久と偶然にも廊下で会ったものの彼のあまりにも突き放すような冷たい態度で、それが頭の中で渦巻いているのが原因だろう。 冷たい態度を取り始めるようになってからというもの、豊久は極力を避け続けている。 顔を見る事はあっても、近くで、更には会話をするなどという事は本当に久しぶりだった。 それなのに、あのような態度を取るという事は嫌われているに違いないのではないだろうか。 そのまま黙っていると、意味ありげな視線を義弘は向けてきた。 あまりにもそれが奇妙で、何やら、義弘の腕に抱かれているオニぼんたんもそのような視線を向けてきたようにすら感じる。

「豊久の事か、おぬしが考えているのは」
「…うっ」

驚いて義弘をまじまじと見つめる。 何故、この父は自分の考えている事が分かったのか。 すると、おぬしが考えている事ぐらい見抜けずどうする、と言われた。 言われてみれば、確かにそうだ。 仮にも鬼島津と呼ばれているのに娘の考えている事が見抜けないとはいくら何でも恥ずべき事である。

「あの…父上、御尋ねしても宜しいでしょうか?」
「…どのようなものだ」
「その……私は、豊久様に嫌われているのでしょうか…?」

義弘ならば理由を知っているのではないか。 そんな期待を抱いて尋ねてみる。 しかし、義弘の答えはの望んでいたものとは全く違っていた。

「そういったものは、本人に聞くのが一番良かろう」

えっ、と思ったのも束の間、侍女がやって来たかと思えば義弘に何事が伝え、襖の方へ行きがらりと開けた。 襖の向こう側に居たのは先程からの頭からはなれない、豊久である。 豊久は部屋に入ると、の方を一瞥しただけで、すぐに義弘を見た。

「叔父上、御話とは何でしょう」
「否、話があるのはわしではなくの方だ」
「ち、父上っ!?」

予想していなかった事態に、は慌てる。 豊久も訝しげに眉を吊り上げた。 だが義弘はというと、酷く涼しげな表情をしている。 オニぼんたんを撫でながら二人を交互に見つめ、 やがて控えていた侍女や小姓達の方を向いて立ち上がった。

「では、わしらは部屋を出るとしよう。二人きりで話をしたいそうだ」
「父上、私は…!」
よ、豊久とゆっくり話し合うと良い」

やられた、と思った。 最初からこのつもりだったに違いない。 豊久に話があると言って呼びつけ、と二人きりにされるつもりだったのだ。 しかし気がついたときはもう遅く、笑みを浮かべ、義弘は部屋を出て行く。 他の者達もそれに倣い次々に退出して行き、あっという間に豊久と二人きりの状態である。

「……あ、あの、豊久様、私は…」
「…今の様子からすると、叔父上にはめられたのでしょう?」
「はい…そうです…」

豊久は呆れたように溜息を吐く。 やはり、こちらをまともに見てはくれないまま。

「では、私はこれで失礼します」
「え?」
「話がないのでしたら、此処に居る必要はありませんから」

いくら義弘にはめられたとはいえ、折角、二人きりになれた機会だというのに。 気がつけばは立ち上がり、部屋を退出しようとする豊久の着物の裾を掴んでいた。 あまりにも衝動的な事で自分でも驚いてしまったほどである。

「…殿?」
「あの…豊久様に、御話があります…っ」

勇気を振り絞って豊久の目を見つめて言葉を紡いだ。 身体と声が緊張のあまり震えているが、必死になってそれを抑える。 義弘がつくってくれた機会を無駄にしてなるものかという思いが働く。

「豊久様は、私が嫌いなのですか?」

の言葉に豊久は驚いた表情を見せ、すぐに顔を逸らした。 逸らした事によって、その表情は分からなくなる。

「…貴女は、ずっとそう思われていたのですか?」
「申し訳ありませぬ…ですが、豊久様と接しているとそうとしか感じられず…」
「いえ…それは、全て私が悪いのです」

そう言って、豊久はを見た。 その表情は真剣なもので、どきりと大きく胸が高鳴る。 こんなにも顔を近くで見るのは実は酷く久しぶりなのだという事に、改めて気がつかされる。

殿、私は貴女が好きです」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。 ただ目を見開いて豊久を見つめる。 好き、とはどういった感情だっただろうかと考えてしまう。

「貴女への想いを自覚してからというもの、それを隠す為に必死になっていたのですが…あのような態度では、そう思われても仕方ありませんね」
「豊久様…」

いいえ、とはかぶりを振る。 純粋に嬉しかった。 嫌われてなど、いなかった。 むしろ逆で、彼は自分の事を好きだといってくれた。

「豊久様。私、豊久様にお願いが御座います」
「願い…ですか?」
「はい。どうか、私を豊久様の妻にして下さいませ。誰よりも幸せな女にして下さい」

満面の笑みを浮かべてそう言えば、豊久は再び顔を逸らしてしまった。 そしてぶっきらぼうにこう言った。

「…それは、私が言わなくてはならない台詞だというのに、先に言わないでもらいたい」

顔を逸らしているというのに、赤くなっているのがよく分かる。 それがあまりにも可笑しくてついつい笑ってしまう。 嗚呼、この人は本当に不器用な人だ。

不器用なひと