彼女は年を重ねるごとに美しくなっていく。 男達が彼女を見る目はまさしく獣と言うのが的確な表現であり、 隙あらば彼女を食らおうというのが透けて見えている。 だが昔からそういった事に鈍い彼女にはそれが分からない。 何も知らぬ無垢な表情で獣達と接しているのだ。 それが俺には大変危なっかしく見え、彼女はそのまま食われてしまわないだろうかと冷や冷やさせられる。

「虎、こんな所に居たんだ」

俺が大坂城内をうろついていると、がいつもの笑みを浮かべてこちらへとやって来た。 はおねね様の親戚の子で俺が秀吉さまの元へ来る前からお二人、特におねね様に奉公している。 物心つく頃に両親がはやり病で亡くなり、おねね様の実家の杉浦家に引き取られたが色々あって直ぐにおねね様が養子となった浅野家へと奉公していたものの、おねね様に気に入られて豊臣家(当時は羽柴家だが)に奉公する事になったらしい。 つまりと俺も遠くはあるが親戚関係に当たる。 そのせいなのか、どうなのか、どうもは俺の事を虎之助という名前だった頃と同様に「虎」と呼ぶ。 確かに幼い頃からの付き合いではあるのだが、それは正則や三成も同じだ。 だと言うのに、あいつらの事は市松や佐吉などとは呼ばない。この扱いの差は何なのか。

「正則が捜してたよ。虎と鍛練がしたいみたい」

見つかるまで三成とやってたらって言ったら絶対に嫌だって言ってたんだよ本当に仲が悪いよねあの二人、と言ってくすくす笑う。 昔から実年齢よりも幼く見える為、は美しくなっていると言っても「愛らしい」という言葉のが似合う。 しかし偶に酷く艶めかしく見えそのせいかやけに色気を醸し出す時がある。 しかも本人はそれを自覚していない。おかげで獣を呼び寄せている事を理解していないのだ。

「けど、お前がそのまま鍛練を見るとか言い出したらあいつも三成とやったんじゃないか」
「私なんかじゃ、あの二人を仲良くさせる事なんて出来ないよ。秀吉様かおねね様じゃないと」

永久には無理だろうが、一時的ならば可能だろう。 正則も三成もに惚れている事を俺は知っている。それこそ随分と昔から。 気がつけば正則はを飽きるほど見つめてはぼうっとしている。 三成はいつもあんな調子だというのにが相手となると途端に甘くなる。言葉の刺々しさがなくなる。 あまりこういう事は考えたくはないがあの秀吉様もを見つめる目はただの獣だ。 このままでは、近い内に秀吉様はを側室に迎えかねない。否、きっとそうするだろう。 それだからこそ早くを振り向かせなくてはと心が焦るのだが、 が鈍い事を誰よりも知っているが故にあまり上手く行動に移せない。

「あっ、ねぇ、虎に相談があるんだけど」
「相談?」
「うん。この間、正則と三成に簪とか着物とか貰ったの。昔からよく二人から色々と貰ってたから何か私からもあげたいなあって思ったんだけど、何が喜ぶのかな。長い付き合いだけどこういう物ってよく分からなくて」

いっそ自身をあげれば確実に大喜びするだろうよ、という言葉を言いかけてぐっと抑え込む。 …それにしてもあいつら、いつの間に。 心の中に焦りと共に嫉妬が渦巻き始める。このままではどちらかにを奪われてしまう気がしてならない。

「…別に、何もやらなくてもいいだろ」
「そんなわけにはいかないよ。貰ってばかりで申し訳ないじゃない、私からも何かあげないと」
「じゃあ、一人で考えろ」
「うわ、虎の意地悪。そんなんじゃ女の子に好かれないし、お嫁さんだって貰えないんだから」

お前に好かれていて、しかも嫁に来てくれたら他のやつらに好かれていなくても何も問題はない。 俺にとって女に関して重要なのはそれぐらいだ。おねね様は別だが。 大体、誰が恋敵に対してそいつが喜ぶような事の手伝いをしなければならないのか。 あいつらとは付き合いが長いし、この家の一員であり所謂家族だがに関してだけはどうしても譲れない。

「それなら、が俺に嫁いで来てくれるか?」

絶対に冗談だと思われるだろうと思いながらも、少し期待をして言ってみる。 もしかしたら今度こそ伝わるかも知れない。 だがやはりは笑って、またそういう冗談を、と言った。 こいつはいつになったら俺の思いに気がつくのだろう。これでは一生無理なのではないだろうか。

「虎ってば好きな人とかいないの? もしもいるなら、そういう冗談ばっかり言ってるとその人に誤解されるよ」

耳に何かが弾けた音が聞こえてきた。 全く俺の想いに気がつけない挙句に、これだ。 俺は以外の女に惹かれた事は一度たりともないというのに。 目の前が真っ暗にでもなりそうだ。 こんな言葉をの口から聞きたくなどなかった。

「まあ、でも虎ならかっこいいから美女がきっと勝手に寄って、」

俺はの顎を少しばかり持ち上げ、そのまま唇を重ね合わせた。 勿論、何も言わずにそれこそほぼ一瞬のうちに。もうこれ以上、の口から何も聞きたくはなかった。
の瞳が大きく見開かれ、それを見て直ぐに唇を離した。 時間としては一秒あったかなかったかという程度だろう。 それから敢えて何も言わずを見つめていると、終わった後に漸く何事かというのが理解出来たらしく、 暫くすると顔は見た事がないほど真っ赤に染まっていた。

「と、虎…っ!?」
「…お前は無駄に鈍いんだよ、馬鹿」

自分でもかなり無理矢理な事をしたと思う。 しかし、こうでもしなければ俺の想いには一切気がつきはしなかっただろうし、これはこれでいいかも知れない。 それにもしもこれを誰かに見られていたら獣達から遠ざけることも可能かもなと邪な考えすら頭を過る。 嗚呼、それにしても真っ赤になったを見るなんてかなり貴重なんじゃないか?

ほら、君の白い頬が紅くなる
title : Aコース
昔馴染み&「虎」呼びがさせたかったので虎之助幼名説採用