想いは未だに届かない



 「ゆ、幸村、好きだっ!!」
 「はい。私も三成殿の事が好きです」


 驚いて幸村を見れば、彼は相変わらずの笑みを浮かべていた。
 いや待てよ、もしかして、


 「それに兼続殿に慶次殿、左近殿やくのいちに…」
 「い、否、幸村、そういう意味ではなく…」


 やはり勘違いしている。
 三成の言った「好き」と幸村の言う「好き」は違う。


 「俺は、そうではなく…」
 「そうではなく、何でしょうか?」


 そう言う幸村は純粋無垢な表情をしている。
 …何も、言えない。
 こんな表情をされては、何も言えない。


 「…何でもない。忘れてくれ」
 「はあ…分かりました」


 あぁ、一体いつになったらこの想いは届くのだ。
 自分の不甲斐なさが情けなさ過ぎる。




 執筆/2007/なち(水色)






















 甘い愛



 「幸村は、私よりもあの趙雲という男の方が良いのか?」


 そう言う兼続は明らかに暗く、幸村は慌てた。
 一度も幸村は兼続よりも趙雲の方が良いなどとは言った覚えはない。
 幸村と趙雲が親しげにしているのを見て、兼続が勝手にそう思ったのであろう。


 「そんな事はありませぬ! 私がお慕いしているのは兼続殿だけです!!」
 「幸村…!」


 頬を赤く染めながらも懸命に訴える幸村を見て、兼続は幸村をしっかりと抱きしめた。
 更に幸村は赤くなったものの、抵抗する動きは全く見せない。


 「あ、あの…?」
 「…放っておいた方がいい。あれじゃあ、何を言っても聞きはしない」


 この状況がよく把握出来ておらず、趙雲は二人に声をかけようとしたが武蔵はそれをとめた。
 今の二人に何を言っても無駄である。
 完全に二人の世界、という事だ。
 趙雲は呆然とした様子で武蔵を見つめたが、はあ、とだけ呟いた。




 執筆/2007/なち(水色)






















 心の底は何よりも深く



 どこか自分達は似ている。
 幸村に会った瞬間に趙雲が思ったのはその事であった。
 一体どこが似ているのかは分からないが、そう思う。
 今は遠呂智側にいる幸村の友人である三成にもそう言われた。


 「趙雲殿、どうかなされましたか?」


 その事について考えていると、幸村が不思議そうな顔で話しかけてきた。
 戦の時とは別人だ、とついつい思ってしまう。
 武器である槍を持った途端、誰もがその腕を認める武人となる。
 それなのに普段は温厚で誰にでも優しく、全くの別人の様なのだ。


 「少し、私と幸村殿の事について考えていた」
 「私と趙雲殿…ですか?」
 「ああ。私はどこか私と幸村殿が似ていると思う。それがどこかは分からないが」


 すると幸村はどこか納得したような顔をした。
 どうやら、彼も同じ事を考えた事があるらしい。


 「私も同じです。ですが、私などでは趙雲殿の足元にも及びませんが」
 「謙遜なされるな。幸村殿は素晴らしい武人だ。幸村殿のような武人と出会えた事、私は誇りに思う」
 「い、いえ。私こそ趙雲殿のような御方に出会えて光栄ですっ」


 顔を赤らめる幸村を見て、ふと趙雲は三成を思い出した。
 自分と幸村が似ていると言ったあの男。
 彼の話をする時、よく幸村は顔を赤らめる。


 (幸村殿は…彼の事をどう想っているのだろう)


 只の友人、という気がしない。
 幸村と再会した時の三成の反応を見る限り、三成も只の友人と思っている気はしない。
 慕い合っているのだろうかと思うと、何故だか胸が少し痛んだ。


 (…ならば、私の事は?)


 幸村は自分の事をどう思っているのだろうか。
 友人? 仲間? 好敵手?
 どれも自分が望んでいる答えと違う事を、趙雲はどこか気がついていた。




 執筆/2007/なち(水色)






















 嫉妬



 嗚呼、またお前はそうやって俺以外の奴と楽しそうに会話をして。
 奴がお前の事が好きだという事が分からないのか。
 ……否、だからこそ可愛いのか。


 「三成殿、どうかなされましたか?」


 そんな顔をして俺を見るな。
 理性が保てなくなるだろうが。


 「別にどうもしていない。気にするな」


 どうもしていない筈がない。
 俺はお前に俺以外の奴を見て欲しくない。
 それを、どうか分かってくれ。


 「…幸村、」


 好きだ、と呟く。
 されどそれは届く事無く、消えていった。




 執筆/2008/なち(水色)






















 秘心



 「幸村殿は、遠呂智軍に居る三成殿を好いるように見えるのだが、どうなのか?」


 趙雲がそう言うと幸村の顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていた。
 嗚呼、やはりそうなのか。
 何となくそんな気はしていた。
 三成と対峙した時の幸村の反応を見て、まさか、とは思ったが。


 「で、ですがそれは私個人の想いであって、三成殿は私の事など…っ」
 「そんな事はないだろう。三成殿の幸村殿を見つけた時の反応からして、
 私は三成殿も幸村殿と同じ気持ちだと思うが」


 だからこそ衝撃は大きかった。
 幸村だけの想いであれば、まだ何とかなったかもしれない。
 それなのに三成もどうやら幸村に対して友以上の感情を持っているらしかった。
 戦場でしか遇った事はないが、それは明らかであった。


 「それにしても、突然と如何してそのような事を?」


 そんな事、言える筈がないだろう。
 趙雲はただ苦笑して、何でもない、と言った。




 執筆/2008/なち(水色)






















 貴方だけ



 「いつもお前は兼続や慶次といった者達の話ばかりする」


 そう言う三成の機嫌は明らかに最悪そのものである。
 慌てて幸村は、気がつかず申し訳ありません、と言ったがもう遅い事は目に見えていた。
 三成の心の中は嫉妬の嵐で渦巻いているに違いない。


 「幸村、お前は俺の事が好きか」
 「勿論でございます。私は三成殿を慕っております」
 「なれば、俺以外を好きになった事は」
 「ありませぬ」


 少しづつ、三成の表情が和らいでいく。
 この顔が幸村は好きだ。
 とても優しくて、安心が出来る。


 「よし。俺は決めたぞ、幸村」
 「決めた…と申されますと?」
 「二人きりで居る時ぐらい、俺以外の者の話をするな」


 驚いて三成を見たが、幸村は直ぐにそれを承諾する事とした。
 三成の言う通りだ。
 この御方と一緒に居るのに、他の者の話をするなど。
 答えの代わりに微笑めば、三成も微笑み返してきた。
 その笑みを見て、やはり自分はこの御方が好きなのだと改めて思った。




 執筆/2008/なち(水色)






















 寂しい



 今は一緒に行動を共にしているものの、この戦いが終わったら彼とは離れ離れになってしまうだろう。
 自分達は別々の世界の人間だ。
 ずっと一緒にいる事など、出来るわけがない。


 「幸村殿、元の世界へ戻る事となったら如何する?」
 「そうですね…やはり、嬉しいです」


 それもそうだろう。
 普通ならば誰しも喜ぶ事である。


 「しかし、趙雲殿達と別れる事となるのは寂しいです。
 折角、親しくなれたのに、もう二度と逢う事が出来なくなるのですから」


 寂しい、という思いは同じなのに。
 嗚呼、如何して貴方は私の想いに気づいてくれないのか。




 執筆/2009/なち






















 憧れ



 「私にとって貴方は憧れだったのでしょう」


 酷く声は艶めいた響きを含んでいた。
 自然と、視線が相手の唇や項といった辺りへと注がれる。
 慌てて知らぬ顔をして視線を逸らしたが、きっと気が付かれたであろう。


 「…それで、結局あんたは何が言いたいんだ?」
 「憧れだったという事ですよ。無論、今も」


 そうは思いませぬか、と返せるわけがないのに問うてきた。
 腹立たしく思ったがそれと同時に愛しく思えたのが悔しかった。




 執筆/2009/なち






















 似たもの同士



 まるで子供の様な方だ。
 もしかしたら、自分よりも脆い人なのかもしれない。


 「幸村、どうか私の傍を離れないでくれ」
 「…この幸村、兼続殿の傍を離れる気はありませぬ」


 だが兼続は、子供の様な心配そうな、苦しそうな顔で幸村を抱きしめた。
 抱きしめる腕の力はとても強く、幸村は思わず顔をしかめた。
 しかしその腕を振り払おうとはしない。


 (私には兼続殿の気持ちが、痛いほど分かる)


 自分達は酷く似ている。
 幸村に一番近いのは兼続だ。
 そして、兼続に一番近いのは幸村だ。
 だからこそ、こんなにも愛しくてたまらない。




 執筆/2010/なち