儚く散るは人の心
「悲し目ぇしたはること」
真田幸村という男と、幾度か阿国は関わった事がある。
彼はいつもとても真っ直ぐな瞳で阿国を見てきた。
そんな幸村が阿国は不安だった。
幸村からは心の脆さばかりが感じられた。
己の為には戦わず、他人の為ばかりに戦う男。
ならば、その“他人”が居なくなった時、幸村はどうなるのだろう。
そんな不安があって仕方がなかった。
そして、その不安は的中してしまった。
最初は主を失い、次に大切な友は死に、もう一人の敵となり、幸村は何もかもを失った。
幸村は苦しんでいる。
周りに囚われ過ぎ、自分自身を失ってしまっている。
その姿は見ているだけで辛い。
勿論その事を幸村は自覚してはいないだろう。
何もかも分からずに、戦っているのだ。
武士としてと自分に言い聞かせている様だが、そんな思い込みはすぐに崩れてしまう。
「もうええのんよ…ここでお死にやす」
誰も彼を楽にする事が出来ないというならば。
それならば、自分が彼を楽にしてあげよう。
執筆/2007/なち(水色)
そして想いは狂気に変わる
いつか届くと思っていた。
例え自分を見てはいなくとも、いつか届くと思っていた。
三成が死んだ今、幸村を支えられる唯一の人間だと思っていた。
(それなのにお前は、未だに私を見ようとはしないのだな)
幸村は未だに三成に囚われている。
もう死んだ人間に、囚われ続けている。
(三成、お前が憎らしい。死してもなお、あの子を渡してはくれぬのか)
どうしてお前ばかり幸村の傍に居られるのだ。
何故、死んだお前が。
(ならばあちらで見ているがいい。これからどうなるのか)
そして絶望しろ。
先に逝った事を後悔するがいい。
「幸村」
穏やかの声で幸村の名を呼べば、幸村はこちらを見てきた。
瞳は確実に自分を見ているというのに、想いはこちらにはない。
嗚呼、本当に憎らしい。
「共に果てよう、幸村」
執筆/2007/なち(水色)
猜忌
「御忠告、ありがとうございます」
幸村の口調には、どこか刺々しいものが含まれていた。
笑みを浮かべているというのに、誰をも拒む様な雰囲気を漂わせている。
「されど、私はその御言葉に従う事は出来ませぬ」
「何故だ。真田にとっては悪くない事の筈だ」
「立花殿の考えでは、そうでしょうね」
こんなにも幸村の冷たい笑みを、ァ千代は今まで見た事がない。
ァ千代にとって真田幸村という男は、常に穏やかな笑みを絶やさない印象であった。
それが今、目の前で崩されていく。
「私は誰とも共には生きられぬのです。立花殿であろうと、あの御方であろうと」
「それは貴様の考え過ぎだ! 立花はそんな事は…っ」
「あるのですよ、立花殿。貴女もそれを分かっている筈です」
ただそれに目を背けているだけなのですから。
認めたくないという一心で、思ってしまっているだけの事。
(私が戦場でしか生きられぬ身と貴方も知っている筈。なのにどうして私に近づいてしまったのです)
そうすれば貴女はこんな思いをせずにすんだだろうに。
もうすでに、何もかも遅い事であるが。
執筆/2007/なち(水色)
冷たい、と凍ってから
「それは、どういう意味ですか」
感情を抑えているのを感じる。
ひやり、とした空気が漂う。
「…言葉のままだ」
「それだけでは分かりませぬ。なればこそ、問うのです」
嗚呼、苛々する。
どうしてお前は分かってはくれぬのだ。
俺の気持ちが、想いが、伝わるにはどうしたら良い。
「私が左近殿と話をするのがそんなにも気に入らぬと仰いますか。
三成殿は、左近殿がそんなに愛しいのですか」
「それは違う!!」
愛しいのはお前だというのに。
お前は別の奴に俺が恋焦がれていると言いたいのか。
「幸村、俺は決して左近を愛しいと思った事などない。むしろ俺は、」
「なれば、口を挟むのはお止め下さい。私達は、互いを愛しいと思い合っているのです」
空気が凍る。
身動きがとれなくなる。
それでも俺は、幸村から目を放す事が出来なかった。
執筆/2008/なち(水色)
彼の生き方
「友情とは、そんなにも良いものか?」
そう問えば幸村は、はい、と答えた。
輝かしいばかりの笑顔だというのに、どこか違和感を感じさせられる笑顔である。
「政宗殿、私は友情とは、永遠の素晴らしいものだと思っております。
三人でいられる事が、何よりもの喜びです」
永遠のもの。
本当に、そうなのだろうか。
(三人でいられる事が何よりの喜びならば、死した後はどうなる)
例えば、もし、三成か兼続のうちのどちらかが死んでしまったのならば、彼はどうするのだろう。
「私は、彼等の為に槍を振るいます。友の、為に」
「…そうか」
誰かの為だけに戦い、己の為には戦わない。
政宗には、幸村の事が理解が出来た気がした。
少なくとも、幸村の友であるあの者達よりは理解が出来ているに違いない。
(死に急ぐであろうな、きっと)
その「誰か」がいなくなってしまった時、生きている理由を失い、死に急ぐであろう。
今でも長篠のせいか、幸村は死にたがっているが、それよりも酷い事となるに違いない。
もっとも、政宗には幸村がどうしようが、どうなろうが関係は無い。
(それだというのに、儂は…)
そうなった時、幸村を死なせたくはないと思う。
そして、この男の生き方を変えてやるのだ。
執筆/2008/なち(水色)
酷い人
馬鹿。馬鹿。馬鹿。
やっていられない、こんな事。
出来れば今すぐにでも、何もかも投げ出してしまいたい。
けれどそれは出来ない。
何故このような道を選んでしまったのか、と幾度悔やんだ事か。
「幸村様の、馬鹿」
いつもそう。
こっちの考えなんて無視。
考えているふりをして、同調しているように見せるだけ。
それがどれだけ辛いかなんて、きっと分かってなんていない。
「何で、あたしよりも先に死んじゃうのよ」
普通は逆の筈でしょう。
けれど貴方はそれを許しはしなかった。
酷い人。
憎んでも憎んでも、憎みきれないくらいに。
思わず唇を噛み締めると、鉄の味が口内に広がった
執筆/2010/なち
独占欲と支配欲
「悪い子だな、幸村。私の言いつけを破るなど」
優しい声、瞳、笑顔。
駄目だ。こんなものに騙されてはいけない。
この人の心の中はそんなものではない。
誰にも理解が出来ないくらい恐ろしい闇に包まれている。
「…そう、だったでしょうか」
「認めぬというのか?」
兼続は笑顔を崩さない。
だが内部では闇が大きく広がっていっているに違いない。
知りたくないのに、それが幸村には分かってしまう。
「では、奴がどうなろうと知った事ではないな?」
急激に顔が青ざめていくのが、自分でも分かる。
この人は、あの御方に何をするつもりか。
酷い言葉で罵り、地獄の底にでも叩きつけるのか。
「…申し訳ございませぬ。嘘を吐いておりました。どうか、お許し下さい」
「ああ、それでいい。もう二度と言いつけを破るな」
「………分かっております」
兼続以外の人間とは彼が許可を出さねば誰とも言葉を交わしてはならない。
それが兼続の言いつけである。
従うつもりはなかったが、あの様子では破ればあの御方に何をするかが分からない。
何と酷い男なのだろう。
全ては幸村に対する独占欲と支配欲の為なのだ
執筆/2010/なち