言葉の本質



 「幸村、好きだ。愛している」
 「…兼続殿はまたその様な事を。そんなにも私をからかうのは楽しいですか?」


 いくら兼続が愛の言葉を囁こうとも、一向に幸村はそれを信じようとしない。
 兼続はどこまでも本気だが、幸村にはそうとれないらしい。


 「何を言う。私は本気だ」
 「また御冗談を。兼続殿、そういった事は心から愛する女性に申して下さい。私はただの武士ですから」


 お前が好きだから言っているというのに。
 本当に、幸村は気がついてくれない。
 それに早くしないと、やっかいな事となる。
 よりにもよって、三成も兼続と同じ想いを幸村に対して抱いている。
 三成の性格上、兼続の様な行動はしないが、その態度は明らかなものだ。
 勿論、幸村は一切気がついていない様だが。


 「全く、何故幸村は私の想いを分かってはくれぬのだ」


 兼続がそう言うと、幸村が小さな声で細々と呟いた。
 しかしあまりにも小さ過ぎて何を言ったのかは聞き取れなかった。


 「幸村、今何と言ったのだ?」
 「…いいえ。大した事ではありませぬ。忘れて下さい」


 不思議に思ったものの、そうか、と言ってそれ以上は追求しなかった。
 この時に幸村が言った言葉をもしも兼続が聞こえていたのならば、
 もうこんな思いをせずに済んだ事を兼続は知らない。
 聞こえていなかったせいで、これから先も、同じ思いをするしかない。


 「私は兼続殿の想いを分かっているつもりです。ただ、私が武士であるばかりに応えられないだけなのです」




 執筆/2007/なち(水色)






















 さくらさく



 「綺麗だ」


 顔が赤く染まるのが分かる。
 突然とこの御方は何を言い出すのか。
 男に対して綺麗とは。


 「綺麗な桜だ。そうは思わぬか、幸村」
 「え…え、えぇ。とても綺麗な桜で御座いますなあ」


 嗚呼、何だ。
 赤くなった意味など何もなかった。
 この男が綺麗といったのは自分ではない。
 少し遠くの方に存在する桜の事であった。
 幸村は桜から兼続へと視線を移し、少しばかり気落ちした。


 (兼続殿は…私の事を友としか思っていないのだ。思い違いをするなど、甚だしい)


 そう思うと、とても悲しい。
 分かってはいるものの、胸が痛む。
 こんな思いを抱かなければ良かったのかもしれない、と幾度も思った。


 「幸村」
 「あ、はい。何でしょうか、兼続殿」


 兼続が幸村を見つめる。
 胸が高鳴る。
 まるで、恋をする娘のような気分だ。


 「綺麗だ」
 「はい。そうですね。やはり桜は風流があって、とても…」
 「違う。桜ではない」


 では、何が。
 桜ではないのならば、何なのだろう。
 此処から見える風景だろうか。
 それとも、何か別の。


 「桜ではなく、お前が綺麗だという事だ。幸村」


 これは、夢か幻か。
 自分の耳が確かならば、今、兼続は言った。
 綺麗なのは桜ではないと。
 綺麗なのは幸村なのであると。


 「か、兼続殿、御冗談は…っ」
 「冗談ではない。私は本当の事を言ったまでだ」


 そう言って、兼続はにこりと微笑む。
 今まで過去に向けられてきたものと同じなのに、どこか違うと感じさせられる笑み。


 「幸村、私はお前を愛している。友以上の感情で」


 三成や慶次などには渡したくはない。私だけのものにしたい。
 紡ぎ出せれる言葉の数々に、幸村は信じられずにいた。
 やはりこれは夢や幻ではないのかと思ってしまう。


 「だから、覚えておくといい」


 すると兼続は至極手馴れた動作で幸村の腕を掴み、自らの方へと引き寄せた。
 胸の高鳴りは大きくなるばかりで、治まりそうもない。
 これでは兼続に聞こえてしまうのではないかと思えるほど、音は大きかった。


 「これから私はこういった事には容赦はしない」


 兼続の顔が近づいてくる。
 身動きがとれない。
 否、とらないのだ。
 綺麗だと称された桜が風で舞っているのを、幸村は視界の端で捕らえた。




 執筆/2009/なち