再び出会い出づる時まで



 (…幸村)


 死にかける中、三成がふと思うのは愛しいと思ったあの大切な人物。
 もうあいつに会えないのかと思うと、胸が痛む。


 (…俺は、幸村に会えて変われた)


 戦には勝てなかったが、人間として多少は変わる事が出来た。
 例え周りがそう言わなくとも、三成はそう思う。
 馬鹿みたいに純粋な幸村に三成も心を動かされた。


 (その反面、過去の暗さの酷さと言ったらなかったが)


 一度生きる意味を無くした幸村は、死に対して恐怖というものが無くなっていた。
 幸村に仕えている忍の話だと前々からそうだったらしいが、意味を無くしてからは更に酷くなったらしい。
 だがそれも、三成が変わった様に幸村も変わっていった。


 (…これで天下さえ取れれば良かったのだがな)


 裏切りに遭い、同志を失い、戦に負け。
 残ったのは自分が死ぬ事となったという事実。
 悔しさがあるものの、やはり気がかりというものがある。
 そう。幸村だ。
 自分が死んだら、幸村はどうなるのだろう。
 再び生きる意味を無くしてはしまはないだろうか。


 (出来る事ならば、いつか、また…)


 その瞬間、三成の世界は真っ白になった。





 ***





 逝ってしまわれた。
 自分を置いて、あの人は逝ってしまわれた。


 (やはり、私は生き残ってしまうのか)


 幸村にとって戦こそが「生きている」証拠で、きっと戦が無くなれば幸村は幸村でいられなくなる。
 それでもあの戦で勝って義の世を作りたいと思った。


 (三成殿の夢を叶えたかった)


 もしもこれが三成ではなかったら、戦に勝ってもまた戦が起きて欲しいと願うだろう。
 何故なら、自分は三成の事を慕っていたからだ。
 最初はただの友人にすぎず、三成と兼続の言う義の世と自分の思い描く義の世は違ってさえいた。
 だが、こんな自分を三成は想ってくれたのがきっかけだったのか、幸村は変わる事が出来た。
 そして、三成を慕うようにもなった。
 “大切なものを失う”というのが嫌で、もう何も求めはしないと誓ったのに。
 それでも三成の事を想った。想ってしまった。


 (そして、やはり失った)


 自分はこれからどうなるのだろう。
 三成が死んだ今、どうすればいいのだろう。


 (せめて、いつか…)


 いつか、また。
 もしもこんな自分の願いが叶うのなら。
 この世界で再び、出会える事が出来るように。




 執筆/2006/なち(水色)






















 君は幸せですか



 三成にとって、くのいちという存在は理解しがたいものである。
 常に幸村の傍にて、何かと三成の邪魔をして幸村に近づけさせないようにする。
 その為、三成はくのいちの事を好いていなかったし、くのいちもそうらしかった。
 だから突然とくのいちに呼び出された時は、何事かと思ったほどだ。


 「…貴様、俺に何の用だ」


 冷たい目でくのいちを見れば、くのいちも同じ目で三成を見てきた。
 嗚呼、やはりこいつも俺の事が嫌いなのか。
 互いに同じものを欲しているからこそ、ここまで険悪になれるのだろう。


 「もう幸村様に近づかないで」


 くのいちの言葉に、三成は驚きはしなかった。
 いつかはこんな事を言われると思っていた。
 それが、今言われただけの事にすぎない。


 「悪いが、それは出来んな。それぐらいお前も分かっているだろう」
 「分かってるわよ。分かってて、アンタに言ってるの」


 そうは言われても、幸村に近づくなというのはやはり無理な話である。
 三成と幸村は義を誓い合った友だ。
 それに、友情以上の感情を三成は幸村に対して抱いている。


 「…あたしはもう、幸村様に辛い想いをしてほしくないの」


 気がつけば、くのいちは震えていた。
 何故、震える必要があるのか。
 三成にはどうも理解が出来ない。


 「話ぐらいは聞いた事があるでしょ? ここに来るまで、幸村様がどんな目に遭ってきたのか」
 「詳しくは知んが、大まかな事はな」


 長篠で幸村がどんな目に遭い、どんな思いをしたか。
 幸村本人や、慶次から少し聞いた事がある。


 「アンタがいつか死んだ時、きっと幸村様は同じ思いをする。あたしはそれが嫌なのよ」


 …そういう事か。
 自分が死んだ時、幸村はどう思うのだろう。
 また、同じ思いをするのだろうか。
 そんな事、安易に想像がつく。


 「だから、もう幸村様に近づかないで。幸村様の事を想うなら、大切に、思ってるなら」


 そう言ってくのいちは消えた。
 くのいちが消えてしばらくたっても、三成はその場を動けずにいた
 幸村の事を想うなら。
 その言葉が、頭から放れない。


 「三成殿、こんな所でどうかなされたのですか?」


 名前を呼ばれて振り向けば、幸村がいつもの様に笑みを浮かべて立っていた。
 そんな笑みを見て、更にくのいちの言葉が頭に響いた。
 …幸村、お前はどうなんだ?
 声にならない言葉を胸に秘め、三成はただじっと幸村を見つめた。




 執筆/2007/なち(水色)






















 君を想ふ



 三成の様子がおかしい。
 長い付き合いではなくとも、それは誰の目から見ては明らかなものであった。
 無論、曹丕の目から見てもそうだ。
 遠くを見つめて何かもの思いにふけるなど、この男はしていなかった筈である。


 「数日前から様子がおかしいようだが、何があった」
 「…そんな事は無い。貴様の思い違いだろう」


 不思議に思って問えば、そんな答えが返ってきた。
 だが、明らかにおかしい。
 いつだったからかと思い返せば、確か南中で反乱軍の鎮圧をしてからだったか。
 その時に何があったかと考えれば、すぐに答えは出た。
 そうだ。
 あの人物とあってからだ。
 それから三成はこの様子だ。


 「あの男…真田幸村という者に逢ったせいか」
 「な、何を馬鹿な事を…っ!」


 しかし三成の顔は真っ赤に染まっており、説得力など欠片も無い。
 なんと分かりやすい男だろう。
 幸村と対峙した時の三成はいつもと違っていた。
 冷静さを失い、慌てていた。


 「あの男の事が好きなのだな、お前は」
 「き、貴様には関係ない!」


 …面白い奴だ。
 曹丕には同性を好きになるという気持ちはよく分からないが、
 その想いの強さは同性でも異性でも変わらないのだろう。
 特に三成のような者を見ているとその気持ちが強くなる。
 本当にその相手の事が好きなのだな、と伝わってくる。


 「…俺はただ、幸村が無事にしているのならば、それで…」


 三成が遠呂智軍に居るのに対し、幸村は反遠呂智軍。
 下手をすれば幸村は殺されるかもしれない。
 それが三成は心配らしい。


 (だが、奴ならば無事だろう)


 幸村と友に行動していた者達と幾度か曹丕は戦った事がある。
 あの者達は強い。
 よっぽどの事が無い限り死にはしないだろう。
 それと、曹丕には分かっている事がもう一つある。
 きっと幸村も三成と同じ事を思っているに違いない。
 幸村の目は、三成と同じ目をしていた。





 ***





 「幸村殿は、三成殿の事とても好いているのだな」


 幾度となく幸村との会話で三成の名は出てくる。
 まだ幸村とは知り合ったばかりだが、
 趙雲には幸村にとって三成の存在がかけがえのないものだと感じられた。
 三成の話をする幸村はとても楽しそうであり、そしてとても心配そうでもある。
 それは彼が遠呂智軍に属しているからだ。
 敵対する存在となってしまっている今、心配するのは当たり前の事である。


 「…ええ。ですが、三成殿はご無事なのかが心配です」


 何と言えばいいのかが趙雲には分からないが、たった一つ分かる事がある。
 きっと三成も同じ事を思っているに違いない。
 前の戦いで一度会っただけだが、三成の目は幸村と同じ目をしていたのが分かった。
 あれはお互いに想い合っている目だ。
 趙雲としては、早く遠呂智との決着をつけ、二人の障害を無くしたいものだ。




 執筆/2008/なち(水色)






















 紡ぐ言の葉は、



 思いを告げる事が出来れば、どれほど楽だろうか。
 幾度も幾度も、同じ事ばかり考えてきた。
 しかし、未だに悩みは解決されない。
 どうしても告げる事が出来ない。


 「ゆ、幸村!」
 「はい。何でしょうか、三成殿」
 「す…っ、す、好きか!? 団子は!!」
 「好きかどうかと問われれば好きですが…それが、何かと関係するのでしょうか?」


 嗚呼、駄目だ。
 言えない。言える筈がない。
 三成は幸村を見つめ、更にその思いを強くした。
 幸村は不思議そうにこちらを見つめており、その姿は酷く愛らしい。
 そんな相手に愛の告白が出来るほど、三成は理性が保てる人間ではない。


 「お決まりな展開だな、三成」
 「なっ!? …と、突然と現れるな、兼続!!」


 一体、何処から現れたのか。
 気がつけば友である兼続が口元に笑みを浮かべ、目の前に立っていた。
 時折、本当に人間か、と疑う時すらあるほど、兼続は何処からともなく現れる事が多い。
 だというのに幸村は普通に挨拶を交わしているのが、どうも解せない。


 「兼続殿、どうかなされたのですか?」
 「否、少し我が友の恋を実らせてやろうと思ってな」
 「兼続!!!」


 こういう事に関して、良くも悪くも鈍い幸村ならばきっと今の言葉の意味は通じまい。
 だが、言って良い事と悪い事というものがある。
 今のは明らかに後者であろう。


 「良いか三成、あの子にはこれぐらいが丁度良いのだ」
 「さ、されど、俺は…っ!」
 「おい、幸村」
 「はい?」


 幸村が兼続を見つめる。
 まさか、と思ったが、すでに遅かった。


 「どうやら三成がお前の事が好きなようだ。友情以上の感情で」


 終わった。何もかもが終わった。
 少なくとも、三成にはそう感じられた。
 自分がこんなにも言うのに戸惑った言葉を、この男はあっさりと言ってのけた。
 しかも、本来ならば自分が幸村に言わなくてはならない言葉を。


 「…さて、というわけでだ」


 すると兼続は不意に三成の背後に立ち、その背中を思い切り突き飛ばした。
 世界が揺れる。
 このままでは、地に倒れる事となろう。
 しかし幸村の前で無様な姿を見せるわけにはいかない。
 慌ててすぐ傍にあった木にしがみついた。そう思った。


 「み、三成、殿…?」
 「あ…」


 しがみついたのは木ではない。
 幸村である。
 背後から聞こえてくる笑い声から察するに、兼続はここまで計算してやったらしい。
 なんと憎らしい友であろうか。


 「では二人とも、仲良くやれよ」
 「お、おい、兼続!?」


 目の前で兼続が通り過ぎていく。
 彼なりの心遣いであろうが、非常に困る展開になってしまった。
 どちらにしろこのまま幸村にしがみついているわけにもいかない。
 幸村から放れよう、とすると、何故かそれを幸村の腕が阻止した。
 胸が、大きく高鳴る。


 「幸村…?」
 「あの…先程の話は、本当でしょうか」
 「兼続が言った…」
 「はい。あの言葉です。…あの、も、もしそうならば…その…」


 幸村の声が小さくなっていく。
 よくよく見れば、身体が赤い。
 熱を帯びているのが感じ取れる。


 「………私も、三成殿が、好きです」


 これは、夢か。幻か。
 否、これは現実だ。
 自らの顔が赤くなっていくのが分かる。


 「…幸村」
 「はい」
 「俺も、お前が好きだ。愛している」


 放れようとした腕で、幸村を強く抱きしめる。
 そして、ゆっくりと唇を重ね合わせた。




 執筆/2009/なち