私にとって幼馴染である佐伯虎次郎はコンプレックスとなる存在である。
勿論、別に虎次郎が嫌いなわけではない。
むしろ好き。大好き。
昔から幼馴染以上の感情を抱いてきたけど、叶わない事ぐらい分かっているからもう諦めている。
でも想いは止められない。
…だけど、これだけはどうしようもない。
「さん、佐伯君は?」 「、今日も佐伯君と一緒?」 「おい、お前と佐伯って付き合ってるんだろ?」 「アンタと佐伯君じゃ釣り合わないのよっ!!」 「佐伯は俺等から見てもカッコいい部類だけど、あのじゃなあ…」 誰も彼もが口を開けば虎次郎の事ばかり。 全て私を虎次郎に関しての事へと繋げる。 虎次郎のファンの女子からは嫌がらせをされるし、男子からは付き合ってもいないのに付き合っていると冷やかしを受ける始末。 確かに虎次郎は昔からカッコ良くて、ものすごいモテようだった。 それに比べて私は極平凡な女の子。 だからそれは分からなくもない。 でも誰も『私自身』を見てはくれないのは納得が出来ない。 仲良くしている女子だって、何だかんだ言って虎次郎と仲良くしたいから私と仲良くしているだけ。 …虎次郎は鈍いのか、まったくそんな事に気がついてはいないのだけど。 「、帰ろう」 今日もいつも通り、虎次郎が私を迎えに来た。他の生徒からの視線が痛いほど伝わって来る。 そんな事を虎次郎が気がついている筈などないのは当たり前。 私はなるべく皆を見ないようにして鞄を持って教室を出た。 正直、虎次郎と一緒に歩いている姿など皆に見られたくない。 また何かを言われる事ぐらい分かりきっているんだから。 とは言うものの、私の所属する吹奏楽部と虎次郎の所属するテニス部はほとんど一緒の時間帯に始まり、終わる。 その為朝から一緒、帰りも一緒。その度に皆はこちらを見てくる。 「何か元気がないみたいだけど、大丈夫か?」 どうやら私が青い顔をしている事が分かったのか、虎次郎は心配そうにそう言った。 もう何年もこんなふうにしてきたのに、ようやく気がついたの? 酷い言葉が、頭の中に次々と湧き上がってくる。 虎次郎の優しさが、今はただ痛々しいだけだ。 「………あのさ、もう一緒に帰ったりするの、止めない?」 「突然とどうしたんだ? もう何年も続けてきた事じゃないか」 本当、鈍いなぁ。 私だって本当はこんな事言いたくない。 だけど皆の視線が嫌だ。 私は虎次郎のオマケじゃないんだよ。 私は、私なのに。 「もう、そんなに小さな子供じゃないんだからさ。いつまでも幼馴染っていうだけで一緒に行動するのはおかしいよ」 「…」 「その呼び方も止めようよ。私は『佐伯君』って呼ぶから虎次郎は『さん』とでも呼んでくれればいい」 一言一言で胸に激しい痛みを覚える。> でもこれは私にとっても、虎次郎にとっても避けては通れない道。 幼馴染離れをしないと虎次郎は恋だって出来ないでしょ? 虎次郎はモテるんだから彼女の一人や二人、すぐに出来る。 だけど私がいるからそんな事も簡単には出来ない。 もっとも、虎次郎が別の女の子と一緒に居るのを見ていられるかは分からないけど。 「…は俺の事が嫌い?」 嫌いなわけないじゃない。 何、馬鹿な事を言ってるの。 これ以上私を困らせないでよ。 「…とにかくそういう事だから、明日からお願いね」 「!!」 私は虎次郎を無視して走り出した。 でもこれで、皆が『私自身』を見てくれる。 もう虎次郎のオマケではないのだから。 私はそう信じずにはいられなかった。 ****** 次の日の朝、虎次郎は私を待ってはいなかった。 おばさんの話によると、もう三十分も前に家を出て行ったという。 …私の話をちゃんと聞いてくれたらしい。 虎次郎に罪悪感を覚えながらも、少し嬉しかった。 苦しまなくてすむと思うと、気が楽になったから。 「あれ? 、今日は佐伯君と一緒じゃないの?」 同じ部活の子が私にそう言ってきた。 明らかに残念そうな顔をしている。 …そんなに虎次郎に会いたかったらテニス部の見学にでも行けばいいじゃない。 周りの皆も同じ考えだったらしく、結局皆虎次郎の事しか考えていないのか、と思うと悲しくなった。 せっかく虎次郎にあんな事まで言ったのに。 それ、なのに。 …数日しても、それは変わらなかった。 やっぱり虎次郎の事しか皆話さない。 最近一緒にいないのは何か理由があるのか、とか。 一部私を良く思っていない人達は虎次郎がついに私を見放した、とも言い出した。 相変わらず虎次郎は私の言った事を守っていて、話しかけてこなければ、朝一緒に学校へ行ったり、帰りに私を迎えに来る事はない。 虎次郎と一緒にいなければ『私自身』を見てくれると思っていた。 何かが、変わると思っていた。 それなのに、何一つとして変わっていない。 変わったといえば変わったけど、それは悪い意味で。 これでは意味がない。 家へと続く道で、私は深い溜息を吐いた。 思わず涙が出てきた。 ポロポロと頬に涙が流れていく。 本当に、虎次郎に悪い事をしてしまった。 何かが変われたなら、虎次郎への罪悪感も何とかなると思ったのに。 結局は何も変われていないのだから、そんなものを消せはしない。 よくよく考えてみれば、虎次郎は『私自身』を見てくれる唯一の人物だった。 それを、私は自ら断ち切ったのだ。 「………?」 後ろから聞こえてきた声に、私は身体を硬くした。 貴方はまだ、その名で呼ぶの? 「…その呼び方、止めてって言ったじゃない」 「俺には、やっぱり無理だよ」 虎次郎の声はいつも通りの優しい声をしていた。 最後に会話をした時と同じ声。 「…何で、泣いているの?」 そういえば泣いていたんだった。 あわてて私はぐいっと涙を拭った。 だけど涙は止まらない。 「虎次郎には、関係無いわよ」 ただの強がり。 だから、早く私なんか放っておいて家に帰ればいいじゃない。 でも虎次郎は私を放ってはおかず、私の方へ寄って来ると突然と私を抱きしめた。 「こじろ…っ!?」 次の瞬間、虎次郎は自分の唇を私の唇に押し当てた。 何の事だか一瞬分からなかった。 気がつけばもう、虎次郎の唇は離れていた。 「好きだ」 私を抱きしめていた虎次郎の腕の力が強まる。 驚くほど胸の高鳴りがうるさくて、頭が混乱している。 「ずっとずっと、昔からの事が好きだった」 分からない。 信じていいのか、どうなのか。 「嘘…そんなの、信じられない……」 「違う。俺は本当に…」 「だって私って全然可愛くないし、虎次郎となんて釣り合う事なんて出来ない…それに私、虎次郎を突き放したじゃない…!」 更に涙が溢れ出る。 突き放したのに、貴方は私の事を好きだと言う。 ねぇ、どうして? 「別に気にしてないよ。俺がが苦しんでいるのを分かっていなかったのがいけなかったんだから」 「だけど…!」 「、俺を信じて」 言われるがままに、私は虎次郎を見た。 虎次郎の瞳は真剣で、胸の高鳴りが大きくなった。 嗚呼、やっぱり私は虎次郎が好きだ。 止める事なんて出来ない。 「…本当に、私なんかでいいの? 後悔しない?」 「しないよ。するわけ、ないじゃないか」 私にとって虎次郎はコンプレックス。 少しだけ、ほんの少しだけ、憎らしい。 でもとても、とても、愛しくて。 「好きだよ、」 大好きなの。 愛しくて、仕方がないの。 コンプレックスなんて、もうどうでもいいぐらいに。 コンプレックス・ガール |