「酷いですね、貴方はいつもそうやって私をからかうんですから!」

そう言った彼女は、怒ってはいるもののその姿は愛らしく、思わず見つめてしまう。 自分より少し年下のこの少女は、時折、実際の年齢よりも幼く感じる言動を見せる。 しかしそれを不快に感じたりなどはした事はなく、むしろ愛しくさえ感じる。

「騙されるお前が悪い。流石はだな」
「何ですかその、流石、というのは。まるで私が頭が悪いみたいではありませんか」
「本当の事ではないか」
「佐吉っ!?」

むぅ、とは頬を膨らませる。 あまりにも可笑しくて笑うと、は更に機嫌を悪くしたようであった。

「いいです。佐吉なんて知りません。私が誰か素晴らしい御方に嫁ぐのを、後悔しながら見ていればいいんです」
「何故俺が後悔をしなければならない」
「私のような美女と仲良くしておきながら、ものに出来なかった事を一生後悔する日が来るんです!」
「…美女など、この辺りには居ないが」

大体、を自分の所へ嫁がせるなど無理である。 は良家の娘。 それに対して自分は寺で稚児小姓をしているような人間だ。 そんな事、絶対にありはしない。

「美女は此処に居ます!! 後悔しても知らないですから!!」
「勝手にほざいていれば良かろう」
「………佐吉は、本当に可愛くありません」

されど、されど。 もしも彼女が自分に嫁いでくれたならば。 きっと幸せな日々を送れるに違いない。





三成は酷く不機嫌であった。 逆に上機嫌でもそれでは彼らしくないのだが、いつも以上に三成は不機嫌であった。 誰であろうと三成に近づこうとはせず、友である幸村と兼続も、家臣である左近ですら近づこうとはしない。 太閤・秀吉の妻であり三成の母代わりでもあるねねが時折、どうかしたのか、と聞くぐらいである。 実は彼が不機嫌な理由の一つが、夢である。 珍しく何年かぶりに幼い頃の夢を見た。 その頃の三成はまだ寺で稚児小姓をしており、傍らには寺に居た頃よく寺へやって来ていた良家の少女が居た。 という名の彼女を、三成は好いていた。 だが身分の違いというものがあり、想いを伝えられずにいた。 そうこうしている内に三成は秀吉の目に留まり、寺を離れた。 別れをに告げる事もなく。 あれ以来、には会っていない。
そして、もう一つ。 なんとそのが、今日から秀吉の側室としてやって来るのだという。 しかもその側室が暫く慣れぬ此処での生活を三成に助けて欲しいという。 最初は何かの冗談か同じ名前の別人かと思ったが、家名を聞く限りそれは違うと分かった。 どうやら、三成の知っているあのらしい。

(今更、奴とどう会えば良いというのだ…!)

幼い頃とはいえ、想いを寄せていた彼女と数年の時間を経て再び会う事になるとは。 それに未だに三成はへの想いを全て断ち切れたわけではない。 更に問題があるとすれば、いくら三成が寺の稚児小姓でなくなったとはいえ、は秀吉の側室になってしまった。 そんな彼女に想いを寄せるなど、あってはならない。 秀吉に対する裏切りに値する。

(秀吉様もおねね様も、あっさりとその要望を受け入れるなど…っ)

三成ならば安心だ、と二人とも喜んで承諾したという。 いいや、あの二人ならば三成でなくとも良いと言っていただろう。 基本的にお人好しなのだ。あの二人は。

「……まあ良い。どうせ、これで何もかもが終わる」

側室になったのだとはっきり分かれば、この想いも終わるに違いない。 幸せそうなを見れば、きっと。




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