「…酷いですね、貴方はいつもそうやって私をからかうんですから」

昔、同じ台詞を聞いた。 されどそれは冗談を言った時のもので。そう。戯れなだけで。 今とは全く異なっている。

「誰が冗談だと言いました、様」
「………」
「事実を申したのです。貴女がいくら思おうと、変える事など出来ません」

目の前に居る彼女はとても美しくなった、と三成は思う。 しかも昔と心は変わってはいない。 嬉しい事ではあるが、同じくらい辛い事でもあった。

「でも佐吉、」
「止めて下さい。俺はもう、昔の俺とは違うのです」

彼女が、が、昔と同じである分、三成は昔とは違うのだ。 それは三成にしてみれば酷く心苦しいものであった。 この違いのせいで、想いに苦しまなければならない。 想われている当の本人は、何も知らないが。

「貴女は秀吉様の御側室です。そして俺はその秀吉様の家臣」
「…えぇ、でも、」
「いくら貴女の此処での生活を支えるとはいっても、この違いを理解して下さねばなりません」

ぐっ、と流石にも押し黙った。 昔とはもう違うのだという事を、に理解させねばならない。 もう昔のように、親しくなど出来ないのだと。

「…そうですね。申し訳ありません。不快にさせてしまったみたいですね。もう下がって構いませんよ、石田殿」

失礼致します、と言い、会釈をして立ち上がった。 の、寂しそうな、失望したような顔が見える。 胸が締め付けられるような想いがしたが、素知らぬふりをして立ち去った。 立ち去る途中、の侍女が責めるような瞳で見てきたが、気には留めないようにした。 そこから先はあまり記憶にない。気がつけば自分の屋敷の自室へと戻っていた。 戻る途中ですれ違った者達が怪訝そうな顔をしていたが、そんな事は気にもならない。 ただ、嫌な感覚が、持ってはいけない感情が内で渦巻いている。

(無理だ、やはりと再び会うなど無理であったのだ!)

想いが、消えるどころか強くなってしまっている。 とみに美しくなったを見て、ついつい胸が高鳴った。 昔と変わらぬ接し方をしてきたの感情を、嬉しく思った。 されど、されど。 それはあってはならない事であり、許されはしない。

(やはり、秀吉様に無理だと申し上げよう。そして、出来る限りもう二度とに会わぬようにせねば)

そこでふと、三成が自分の元から離れて行ったと知ったら、がどう思うかを考えた。 きっとは先程のように胸を締め付けられるような表情をするに違いない。 あの時は本当に早くあの場から立ち去りたかった。 あのようなの顔を見たり、声を聞きたくはなかった。 傷つけたくはない、そう思えた。 しかし三成はそんな想いを振り払うように、勢い良くかぶりを振った。





はまさか、三成があのような事を言うとは思ってはいなかった。 昔のように接してくれるのだと思っていた。 意地の悪い事を言ったりしても、本当は優しくて、頼りがいのある少年であった。 だが三成は変わってしまっていた。 佐吉とは幼名であり、今は石田三成であって、昔とは違うのだと。 もただの良家の娘ではなくなったのだから、それを理解せねばならぬのだと。

(酷い、酷いわ、佐吉。貴方は勝手に何も告げずに秀吉様の所へ行った挙句、再会したら昔とは違うと言うのね)

そういえば、三成はここ数年でどうしていたのだろうか。 ああ冷たくあしらわれたというのに、不思議とはそう考えてしまった。 もしかしたら、それが分かれば三成は昔と同じように接してくれるかもしれない。 は昔の事が懐かしく思えて仕方がなかった。 もう一度、彼と昔のように親しくしたい。 秀吉とねねから三成の名を聞いた時、そう思って二人に三成に暫く世話を頼みたいと申し上げた。 それなのに、これでは納得など出来はしない。

「…ねぇ、此処へ呼んで欲しい人が居るのだけれども」

傍らに居た侍女に声をかけると、石田殿ですか、と少し冷たい物言いをした。 彼女は先程ので三成に対して良い感情を抱かなかったのだろう。 は苦笑して、違うわ、と答えた。 三成よりも、今、話がしたいのは、

「石田殿を理解している人物を呼んで欲しいの。彼の友人でも、家臣でも誰でもいいから」




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