幸村には、どうも解せぬ状態であった。 突然と新たに秀吉の側室になったという姫から呼びがかかり、不思議に思って行ってみれば彼女は挨拶を済ました直後、幸村の友である三成について様々な質問を投げかけてきた。 そういえば三成は此処での生活には慣れぬこのという姫の生活を暫く支えるように秀吉に言われたと聞いた。 なのでその石田三成という人物に興味を持ち、彼の友である幸村に彼についての話をするように呼ばれたのかと、最初は思った。 しかし話を聞く限り、は前にも三成と会った事があるような口ぶりで話す。 三成からと知り合いだなどという話は一度も聞いた事はない。 かといって自分からに知り合いなのかと聞くのは無礼だろう。 そうなると、疑問を胸に抱きつつ話し相手になるしかない。

「真田殿はどうやら、石田殿がとても信頼する友のようですね。あの彼がそんな態度を取るなんて、きっとそうなのでしょう」
「いえ…まだまだ私が未熟な故、三成殿は私を御心配していらっしゃるのでしょう」
「謙遜しなくてもよろしいのに。真田殿の軍略はとても素晴らしいものだと秀吉様やおねね様から私も聞いております。心配をする必要はどこにもないと思います」

まるで童女の様な喋り方をするこの若き姫は、明るく、美しい。 秀吉は好色な人物というのは有名ではあるが、確かにこれは酷く頷ける。 もしも秀吉の側室でなければ、多くの武将達が我が妻に、我が側室に、と言い寄ってきただろう。 否、むしろ此処へ来る前からあったのではなかろうか。 そう考えると秀吉の声がかかるまで未婚であったというのは奇跡に近い。

「なんだか…真田殿が羨ましい」
「そんな事は御座いませぬ。私など、様に比べれば天と地ほどの差でしょう」
「いいえ。貴方は石田殿に大切にされている。私は……」

ふと、が目を伏せる。 よく分からないが、どうやら暗い表情をしているのは確かだ。 何故だろう。 何故、この姫は三成と自分の関係を羨ましがるのだろう。 今まで良家の姫で、今度は太閤の側室。 この自由の制限された身分では幸村のように友という存在を作れなかったからなのだろうか。 それとも、何か別の理由か。

「…あ。申し訳ありません。私ったら急に黙り込んでしまって」
「いえ……体調が優れない御様子ですから、これで失礼致します。様も、慣れぬ所へ来て少ししか経っておりませぬし、御疲れでしょう」
「気にしなくとも。私ならば平気です」
「いいえ。やはり、これで失礼致します。様の御様子が治り次第、私から参らせていただきます」

は不満そうだったが、苦笑しつつ幸村は別れの挨拶をして足早に立ち去った。 だが自らの屋敷へとは戻らず、三成の屋敷へと急いだ。 明らかに過去にと三成は何かがあった。 本来、幸村はこういった問いただすというような行為は好まない。 しかし、あんなの姿を見た今となってはそんな事を言ってはいられない。

「三成殿、失礼致します」

小姓や童達のもてなしを無視しいつもならば返事を待ってから入るのだが、返事も待たず幸村は襖を開けた。 その様子に三成も驚いたらしく、目を見開いてこちらを見つめていた。

「どうした、幸村。お前が誰も通さず此処まで来るなど…」
「三成殿に聞きたい事があって参りました」

三成は自分の友だ。 こんな事を聞くのは無礼だとは思うが、に聞くよりかは幾分か良いであろう。 心の中で湧き上がる感情を抑えつつ、出来る限り平然とした声で幸村は話を続けた。

「三成殿と、新たに秀吉様の御側室になられた様はどういった御関係なのでしょうか」

一瞬にして三成の表情が変わる。 これは、疑問、警戒、怪訝といったような感情だ。 やはり何かある。

「……幸村には、関係の無い事だ」
「そうは思いませぬ。先刻、様に呼ばれて三成殿について御話致しました。どうやら、此処での三成殿はどのような様子か知りたいと御思いになった御様子で」

苦々しく、三成が舌打ちする。 余計な事を、とでも思ったのか。

「三成殿、我々は友ではありませぬか。なれば、一切の隠し事は無用かと存じまする」

何も答えない。 ただ無言だけが続く。 嗚呼、もしもこの場に兼続が居ればどんなに楽か。 彼の方がこのような行為は明るい。

「…幸村、頼むからこの事は忘れてはくれぬか。何も見なかった、聞かなかった事にしてくれ」
「三成殿」
「すまぬ。今の俺に、語る言葉は持ち合わせてはおらぬのだ」

暫く幸村は三成を見つめていたが、やがて、申し訳ありませぬ失礼致します、と静かにその場から 立ち去る事にした。 あのまま、問い詰める事は出来た。 されどあのまま問い詰めても幸村の心は浮かばれない。 友である三成へ対しての罪悪感が残るだけである。 何よりも、あの三成の表情。 酷く、哀れな顔をしていたのだ。




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